「宇宙海賊。宇宙船を襲撃して物資を強奪していく集団、か。そんな前時代的存在なんて都市伝説だと思っていたのだがね」
この船の最高責任者である男は忌々しげにグラスを傾けながら、皴の寄った鷹のような視線を細めた。
「未だ民間で宇宙船を作る技術は未発達の惑星も数多くあるはずなんですけどね。彼らはどこでそんな資金を手に入れたのでしょう」
細身の優男が眼鏡を持ち上げながら、ため息を吐いて言う。宇宙海賊が出没しているという噂は彼が友人から伝えられた注意喚起である。
太った大柄な体格である豪放磊落な船長と細い長身の繊細で頭が切れる副船長の二人は、まったくの真逆でありながら存外に気が合うようである。
職務上としてのバランスもさることながら、プライベートでも友人同士としての良好な形での親交を保っていた。
それにしても、本当に対照的なお二人だな。私は彼らのテーブルに紅茶を給仕しながら思う。まるで赤と緑の配管工の二人のようだ。
「そこの君、宇宙海賊の噂を知っているかね?」
突然、船長から話が振られる。私は動揺するものの、聞かれたからには答えないというわけにもいかない。
「ええ、いろんな方がここで食事していかれますので。宇宙海賊の噂はつい先月辺りからよく聞くようになりましたね」
私は慎重に言葉を紡ぐ。相手は雲の上の人間といってもいい。彼の機嫌を損ねれば、私の首なんて瞬く間に飛ぶのだ。
「どのような噂だ」
「アンドロメダ第三惑星の空域で襲われたという話が多いですね。あの辺りの辺境惑星は襲撃されることもあるみたいです」
船長は痛ましげに眉をひそめた。彼は高慢であることが玉に瑕だが、情がないわけではない。世の中に口だけ立派な高官が多いうちでは、良心的な側の人物であろう。
「嘆かわしいものだな。警備船団はどうしているのだ」
「先日、いらしたお客様が幾度か交戦したとはおっしゃっていました。しかし、結果は」
警備船団の敗北。被害は甚大で、当局の権威は失墜し通しだという。さらには、宇宙船の何隻かが鹵獲されたのだとか。
「馬鹿な。たかだか辺境で騒いでいるだけの荒くれ者どもが警備船団を退けただと。どこからそんな戦力を集めているというのか」
「何者か、資金源となっているスポンサーがいる可能性もあるな。しかも、警備船団を退けるとなれば、かなり巨大な組織だということになる」
船長は険しい顔で呟いて、紅茶を飲んだ。副船長もまた、彼に追随するように頷く。
「我々の予想以上に海賊どもは脅威となっているのかもしれん。腰を据えて対処に当たるべきかもしれんぞ」
もう、遅いかもしれませんけれど。私が内心でそう呟いた瞬間、船内が大きく揺れた。
慢心の代償
海賊たちによって船長と副船長はあっさりと捕縛されることとなった。部下たちがことごとく潰れていたことも、この結果につながったのだろう。
「おのれ、貴様ら、絶対に許さんぞ!」
船長の怒声に、彼らは下品な笑い声をあげる。捕縛された二人の命は、もう彼らに握られたも同然だった。
「調子に乗っていられるのも今のうちだ。すぐに我が本国から送られた船によって、貴様らは沈められるだろう」
「ほう、そうかい?」
船長と思しき男がにやにやと笑いながらそう言う。周りにいる部下たちが囃し立てるように笑っていた。
「何がおかしい!」
怒鳴る船長に、海賊の親玉が笑いながら顔を寄せる。彼から漂う潮を思わせる悪臭に耐えかねたのだろう、船長が軽く顔をそむけた。
「あんた、気づかねえのか。俺らの侵入に対して慌てているのはお前らの部下だけで、ここの店のやつは動揺すらしてねえことを」
どうして私に話を投げる。言われて船長は私に視線を寄越した。背後にいた海賊の手下が手を放しても逃げようとしない私を見て、愕然とした表情になった。
「どういうことだ」
「説明してやれよ」
船長と海賊から促され、渋々ながら説明する。彼らが本気を出せば、私なんて吹けば飛ぶのだから当然だ。
「……お二人が話していた海賊のスポンサー。それはつまり、あなたたちの本国だということです」
つまり、海賊を裏から支援していたのは彼らの国だったということだ。海賊は彼らから支援を得て、都合の悪い人間を処理していたのだ。
「う、嘘だ」
「あなた方以外には事前に教えられていました。彼らはいわば私掠船です。国からの許可を得て、正当に襲撃しているのです」
私が伝えた現実は、彼らにとっては衝撃だったらしい。彼らは呆然自失として黙り込んでしまった。
「そういうわけだ。納得できたならお別れの時間だ。じゃあな」
海賊の首領の、振り下ろしたサーベルが、白くきらめく軌跡を残して、消えていった。
祖国のために宇宙海賊と戦う王立海軍の本格スペースオペラ
王立海軍に属するジェームズ・ピアソンが艦長として初めての船を与えられたのは、首都ログレスの海軍士官学校を卒業してから九年目のことであった。
二十八歳で大尉というのは、士官学校の卒業者としても早い方であったが、現時点ではアルゴン男爵という身分に対する忖度に過ぎないことを誰よりも彼自身がよく知っていた。
辺境星域の誰も知らないような惑星の守備隊に配備された等級外の老朽艦ではあるが、それでも船は船、艦長は艦長である。
彼は無能からは程遠い人物であり、軽佻浮薄な人物でもない。海軍本部の資料課にいたという履歴は、野心に乏しい傾向はあるものの、特に人格にも能力にも問題がないという証明書でもあった。
艦長には自身の船における海尉の序列決定権を握っているという事実で、ログレスでは高い社会的地位をもって尊敬される職業である。
王立海軍においては士官職、特に宇宙艦隊のそれは大変に人気職であり、艦長ともなれば普通、売り込んでくる知己の士官や下士官に困ることはない。
しかし、悲しいかな、これまで海軍本部で事務仕事に励んできたピアソン大尉にはとんと心当たりがなかった。
それでも、ピアソン大尉の艦長任命をどこから嗅ぎつけたのか、真っ先に彼の住む高級官舎を訪ねてきたのは、マーシャ・ソームズ中尉だった。
小柄な女性士官。士官学校で二年下の後輩であったソームズは、官舎の玄関口に迎え出たピアソンに対して人懐っこい笑みを浮かべて敬礼する。
「枠は、まだ空いてるでしょうか?」
尋ねてくるソームズ中尉に、ピアソン大尉は大きく頷いた。
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