丁寧に作り上げられた本格派の世界! 皮肉がたっぷり込められた猫弾正先生の4作品まとめ


「えっ、そんな!」

 

 

 突然、声を上げた先輩に、私は思わずびくっと肩を揺らした。見ると、先輩は情けない表情でスマホの画面を眺めている。

 

 

「ど、どうしたんですか、先輩、突然。彼女にでも振られましたか?」

 

 

 私は聞いてみるけれど、彼は茫然としたままだった。あ、これはすぐには帰ってこれなさそう。どうやら放心しているようだ。

 

 

 この飄々としていて、いつも余裕ぶっている先輩がこんなふうになるのは珍しい。肩を落としているその頭上には、まるで黒雲が立ち込めているかのようだ。

 

 

 彼がこんなふうになったのは、過去に一度だけあった。先輩が気に入っていた作品が打ち切りになった時だ。

 

 

「何があったんですか、先輩。またお気に入りの作品が打ち切りになったんですか?」

 

 

「打ち切りなんてもんじゃない!」

 

 

 真っ白になっていた先輩が突然顔を上げて、キッと私を見る。驚くことに、目尻にはうっすらと涙が溜まっている。先輩はそのまま身を乗り出して、見ろ! と、私にスマホの画面を見せた。

 

 

 そこにあったのは小説投稿サイトの作者の活動報告である。振られたわけではなかったようだ。ちょっと残念。

 

 

 読んでみると、その内容は『作品が18禁指定を受けたから直すね。でも、削除されるかもしれないから気に入った人はダウンロードしておいて』という旨の報告だった。

 

 

「これがどうかしたんですか?」

 

 

「問題なのは、この対象の作品なんだよ!」

 

 

 『ドラゴンテイル 辺境行路』。それがその作品のタイトルらしい。

 

 

「おもしろいんですか?」

 

 

「ああ、おもしろかったよ。かなり前の作品で、長く更新が止まっていたんだ。次話が更新される夢を何度見たことか」

 

 

「でも、直すって言っているじゃないですか。だったら、改稿されたのがまた読めるかもしれないし」

 

 

「そうだけど、なにせそれまでのその作品がすごく好きだったから、なんだか寂しくて、な」

 

 

 そう言って目を伏せた先輩はまるで好きな人と別れたかのような憂いに満ちた。

 

 

 気まずい。普段なら気にならないのだけれど、今のテンションの先輩と二人きりというのは、どうにも居心地が悪かった。とりあえず話題を反らそうと思い、適当な話を振る。

 

 

「そういえば、この作者の猫弾正って人、他にもいくつか作品を書いているんですね」

 

 

 私がそう言うと、彼の目がカッと開いた。

 

 

「そう、そうなんだ。猫弾正先生の作品は大勢に人気がある、というようなものじゃない。でも、知る人ぞ知るような名作が多いんだ。『ドラゴンテイル』もそのひとつ」

 

 

 緻密に設定が練られた世界観。皮肉でウィットに富んだ言い回し。ネット小説でここまで作り込まれた世界観を持っている人は、猫弾正先生以外にいない。

 

 

「せっかくだから、紹介しよう。おもしろい作品ばかりだから」

 

 

 元気にはなったみたいだけど。私はひっそりと苦笑した。これは、また長くなりそうかな。まあ、嫌なわけじゃないけどね。

 

 

滅亡した国から逃げ切った女が底辺の生活から社会の闇を見下ろす

 

「まずはこの作品かな。『アルク・ムンドゥス』」

 

 

「不思議なタイトルですね。何か意味があるんですか」

 

 

「わからない。『ムンドゥス』はラテン語で世界とか宇宙という意味があるけどね」

 

 

「どんな作品なんですか?」

 

 

「古き良き古典ファンタジーだよ」

 

 

 物語は今にも崩壊しようとしている都市から始まる。街の人たちは我先に逃げ惑い、秩序はすでにない。

 

 

 この都市は今まさに「混沌」というものに襲われている。その正体はわからない。けれど、姿を見ただけで身体が変異し、国ひとつ滅んだとされているね。

 

 

 黄金をやろう。だから頼む。剣を探せと、王に伝えてくれ。ひとりの老人が言う。けれど、誰もその言葉に耳を貸さない。金よりも命の方が大切だからだ。

 

 

 老人はそのまま姿を崩し、溶けた。けれど、彼の言葉を偶然聞いた人がいた。セレナという少女だ。

 

 

 彼女は逃げ行く人の波に逆らって歩き始めた。さて、世界は救われるのだろうか。とはいえ、物語はセレナのその後の生活が描かれることになるんだけどね。

 

 

重々しい社会の最下層をリアルに描く古典ファンタジー『アルク・ムンドゥス』猫弾正

 

 

戦女神の言葉は真実か否か! 農民の少女が冒険者を目指すファンタジー

 

「『獅子と銅貨と夢見るお粥(仮題』。田舎に住む少女が主人公の作品だ」

 

 

「仮題、というのは?」

 

 

「今後、タイトルが変わるのかもしれないね。でも、今のところはこのタイトルだよ」

 

 

「ふうん、私は好きですけどね。リズムが良くて。夢見るお粥って何だろうって思いますけど」

 

 

「そこがいいんじゃないか」

 

 

 田舎町に住むアーニャ。ある日、そんな彼女の枕元に、小さな三人の小人が現れた。

 

 

 彼女たちは自分のことを『戦乙女』と名乗った。そして、アーニャが主神オーディンに選ばれた戦士なのだという。

 

 

「アーニャって女の子ですよね。どうして戦士なんかに」

 

 

「アーニャが書いた自作小説の設定でね。ダークナイト、アーニャと。それをオーディンが気に入ったらしい」

 

 

「うぐっ、なぜだろう、胸が痛い」

 

 

 アーニャはもちろん信じないんだけど。ただ、彼女はそんな小説を書くくらい、冒険に憧れていた。そんな彼女にとって、戦乙女の言葉はやっぱり魅力的だったんだろうね。

 

 

 彼女たちの言葉を聞くことにしたんだ。それが真実なのか、どうか。それはまだ、わからない。

 

 

子どもの頃の夢と現実の狭間で揺れる少女のファンタジー『獅子と銅貨と夢見るお粥(仮題』猫弾正

 

 

生きることすら難しい廃棄世界に降り立った二人の女を描くポストアポカリプス

 

「ポストアポカリプスっていうのは、滅亡した世界を舞台に描く作品のことだね。有名どころで言えば、『北斗の拳』とか」

 

 

「この『廃棄世界物語』っていう作品も、そうなんですか」

 

 

 先輩はこくりと頷く。

 

 

「『廃棄世界物語』は僕が一番好きな作品なんだ。ギャグやパロディがいっぱいでおもしろいんだよ。設定は重たいはずなんだけどね」

 

 

 帝國の貴族ギーネ・アルテミス。そして、その家臣のアーネイ。彼女たちは、故郷が反乱の渦に巻き込まれて、亡命した。

 

 

 その逃げた先がティアマット。廃棄世界と呼ばれている惑星だ。文明が崩壊し、危険な生物が跋扈している恐ろしい世界。彼女たちはそこに降り立った。

 

 

 けれど、まず目にしたのは都市が巨大な虫の怪物に破壊されていく光景だった。おかげで、ひと財産持っていたはずが、あっという間に無一文になってしまう。

 

 

 慣れない危険な惑星に、身ひとつ。怪物はもちろん、人すらも敵になる過酷な世界だ。

 

 

 武器は、ギーネの天才的な頭脳と、改造された肉体を持つアーネイの戦闘技術。そして帝国軍人としての誇りだけ。

 

 

 そんな中で彼女たちは生きていくうちに確立していくことになるんだ。ティアマット、廃棄世界での、生き方を、ね。

 

 

パロディ満載のポストアポカリプス『廃棄世界物語』猫弾正

 

 

巨大な銀河帝国ログレスを舞台に王立海軍のエリートが迫り来る敵と戦う本格的スペースオペラ

 

「他にもいろいろあるけど、ひとまずはこれで最後かな。『未来の紅茶っぽい銀河帝国の話』」

 

 

「……なんか、また、変なタイトルですね」

 

 

「でも、内容はタイトルからは想像もできないくらいの本格スペースオペラだよ。『スターウォーズ』に影響を強く受けたらしいね」

 

 

 ログレスの貴族の家系であり、海軍のピアソンは、長年の事務作業の末に、辺境の惑星に異動させられることになった。

 

 

 けれど、彼は喜んでいた。なぜかというと、ようやく自分の船を持てるようになったからだ。

 

 

 でも、船員が集まらず、彼はまず最初の一歩から苦労することになる。すぐに決まったのは、学生時代からの付き合いのあるソームズ中尉だけ。

 

 

 残りの船員は面接と、あとは民間から攫ってくるというひどく乱暴なやり方で集めた。その結果、優秀な船員が何人かは手に入った。

 

 

 あとは、彼らを鍛えるために戦闘訓練を繰り返す。その訓練や、船での船員たちの日常が描かれているんだ。

 

 

 配属された辺境の惑星には何が待ち受けているのか、といったところだね。いやあ、続きが楽しみだよ。

 

 

銀河を支配する帝国ログレスを舞台とした本格的スペースオペラ『未来の紅茶っぽい銀河帝国の話』猫弾正

 

 

「見てみたんですが、どれも完結していないんですね」

 

 

 私がスマホをスクロールしながら言うと、先輩はアハハと苦笑して肩を竦めた。

 

 

「そうだな。これらの作品はどれも連載中で、完結していない。でも、期待はしていいよ。どれも、途中まででありながら、おもしろい作品ばかりだ」

 

 

 それに、と先輩は続ける。

 

 

「続きはいつ出るんだろうか、とワクワクしながら待つのも、物語の楽しみ方としてはオツなものじゃないか」

 

 

「そうですかね」

 

 

 今度は私が肩を竦める番だった。