醜いと言われた令嬢は鉄鎧をまとった『重装令嬢モアネット かけた覚えのない呪いの解き方』さき


私の顔を見た人たちは、誰もが悲鳴を上げました。だから、私は仮面をつけて生きていくことにしたのです。

 

さき先生の『重装令嬢モアネット』という作品を、私はページの端が擦り切れるほど読み込んでいました。

 

それはモアネットという、とある貴族のお嬢様のお話です。彼女は幼い頃、婚約者のアレクシス王子から醜いと言われてしまいます。

 

多感な少女はその言葉に深く傷つき、そして、自分の醜さを隠すために全身を覆い隠す鉄鎧を身にまとうようになるのです。

 

この物語を読みながら、私は思わず涙を流してしまいました。私もまた、彼女と同じだったからです。

 

見れば誰もが悲鳴をあげる、このおぞましい顔。私は自分の人生を狂わせるこの顔がたまらなく憎らしく、嫌いなのです。

 

外を出歩くのが恥ずかしくて、恥ずかしくて、頬に熱が灯って震えが止まりませんでした。けれど、学校には行かないといけないのです。

 

私にとって他人の視線に晒されるのは、何よりも怖ろしいことでした。ああ、また彼らが醜いとささやき合っている。私を見ながら、私の顔を笑っている。

 

そこで、私は一計を案じました。モアネットのように、隠してしまえばいいんじゃないか、と。ほら、臭いものには蓋を、と言うではありませんか。

 

しかし、モアネットが着ているような鉄鎧なんて手に入れられるわけもありません。彼女のように魔法でも使えない限り、か弱い私には鉄鎧を着込むなんてできませんでした。

 

だから、私は代わりに、父がお土産で買ってきた白い不気味な仮面を被ることにしました。

 

それを被った父を見て妹がかつてないほど激しく号泣したいわくつきの品です。以来、物置に放り出されていました。まさか再び日の目を見るとは思わなかったでしょう。

 

仮面を被って鏡の前に立ちます。そこには、仮面を被った女がいました。高校の制服に仮面という奇妙な出で立ちは、この上なく倒錯的でした。

 

ですが、その顔は不気味ではありますけれど、醜くはありません。私の顔は、仮面の下に隠されていました。

 

私は踊り出したい気分でした。まるで、自分が生まれ変わったような、そんな思いすらしたのです。

 

これが、今日から私の顔。私がそんな思いを込めて仮面を撫でると、無機質な肌がぶるりと震えたような気がしました。

 

鏡の中に映る仮面は、笑みを浮かべています。仮面の下で私が浮かべているのと同じような、幸福な笑みを。

 

 

重い代償

 

「おはよう。今日もいい朝ね」

 

明るく挨拶してくる姉に、私は思わずびくっと肩を揺らした。姉は不思議そうに小首をかしげて、けれど気に留めるほどでもないと判断したのか、そのまま階下のリビングへと降りていった。

 

今時珍しい、規則を破っていない校則通りの制服。ふわりと流された絹のような黒髪。優しい姉のことが、私は昔から好きだった。

 

けれど、今ではできるだけ視界に入れないように努めていた。というのも、すべてはあの姉が肌身離さずつけている気味の悪い仮面のせいだった。

 

その仮面は父が旅行のおみやげで買ってきたものらしい。聞いた話では、幼い頃の私がその不気味な顔を見て大泣きしたため、物置に封印されていたそうだ。

 

それをどういうわけか、姉がつけている。しかも、家でも外でも、時間も問わず、だ。姉は人前に出る時、必ずその仮面をつけているのだ。

 

始まりは唐突だった。ある日、姉が何やら思いつめた表情で学校から帰ってきた。彼女はそのまま自分の部屋にこもり、休日の間も一度も出てくることはなかった。

 

私も父も母も心配していた。家族全員で食事を摂らないのは初めてのことだった。母が出てこない姉の部屋の前に食事を置いていたが、手が付けられている様子はなかった。

 

休日が明け、ようやく姉が部屋から出てきた。あの、おぞましい例の仮面を被って。

 

「駄目ですね。あの仮面ですが、不思議なことに顔と一体化しているようです。外そうとすれば、顔の皮ごと剥がれかねない」

 

とは、無理やり姉を連れて行った病院の医者の言葉だ。彼も初めて見たらしく、苦々しげな表情でお手上げだという表情をしていた。

 

つまり、あの仮面はもう、姉の顔から外すことができなくなってしまったのだ。それを聞いて姉以外の家族みんなが絶望を浮かべた。

 

そもそも、どうして姉が仮面を被るようになってしまったのか。そのきっかけは、どうやら姉のクラスメイトが関わっているらしい。

 

姉はいじめられていたらしい。姉のクラスメイトは『ほんのお遊び』のつもりだったそうだ。

 

姉の顔を見るたびに、悲鳴を上げる。彼らは姉をからかうために、そんなことをした。姉の傷ついたような顔を見るのが、楽しかったらしい。

 

彼らにとってはただからかうためだけのその態度は、姉に、『自分の顔が醜い』という誤解を生んだ。そうして、姉は顔を仮面で隠すことに至ったのだ。

 

姉の顔が醜い? そんなことはない。それどころか、姉の顔は近所の女子の中でも飛びぬけて美しかった。妹という私のひいき目をなしにしても、間違っていないだろう。

 

彼らは姉の気を引きたかったのだという。彼女らは姉の美しさに嫉妬したのだという。

 

私は彼らへの深い怒りがふつふつと湧いてくるのを感じた。けれど、彼らに報復しても、今さらもう遅い。

 

今の姉は『かわいい』だとか『きれい』とか褒めても、気を遣ったお世辞だと受け取るようなのだ。私たちの心からの言葉は、仮面に阻まれて届かない。

 

姉の性格が明るくなった、と彼らは言う。だが、私はそれを違うのだと知っている。

 

姉はもとから明るい性格だった。それが、学校では大人しかったというのなら、姉は彼らを受け入れていなかったのだろう。

 

仮面をつけることで、姉は自分の素を出せることになった。顔を隠すことで自分を出せるようになるとは、なんて皮肉なのだろう。

 

その代償として、私たちはもう二度と、姉の素顔を見ることができなくなってしまったのだ。

 

 

彼女が重装令嬢と呼ばれる理由

 

「お前みたいな醜い女と結婚なんかするもんか!」

 

それが、モアネット・アイディラが彼と初めて顔を合わせた日に言われた言葉である。そして、モアネット・アイディラが最後に聞いた彼の言葉でもある。

 

この言葉は婚約者であるアレクシス・ラウドルから告げられたのだ。幼いモアネットはこの言葉に悲しみ、他者の目を怖れ、頭のてっぺんから爪先までを鉄の鎧で覆うことにした。

 

頭のてっぺんから爪先まで、もちろん指先も。モアネットは己の全てを鉄の鎧で覆っている。ついたあだ名は『重装令嬢』。

 

もっとも、令嬢といえど森の奥にある古城で独りで生活しているモアネットには貴族の恩寵などあるわけがなく、令嬢であったのなどとうに昔のことだ。

 

ふと、自分以外の声を聞いてモアネットは独り言を止めた。次いで足音を忍ばせるように古城の玄関口まで向かう。

 

扉の向こうで誰かが話をしている。声からすると男が二人、それを確認するように耳を澄ましていると、コンコンと扉がノックされた。

 

モアネットは用心するように扉のノブに手を掛け、そしてゆっくりと扉を開け、その先にいる人物に目を丸くさせた。

 

深い茶色の髪と同色の瞳、目鼻立ちの整った青年。フードを目深に被っているが、その隙間からのぞく麗しさは隠しきれていない。

 

そんな青年を見た瞬間、モアネットの脳裏にハッキリと、かつて聞いた幼い少年の言葉がよみがえった。

 

そして、反射的に勢いよく扉を閉めた。だが扉の向こうにいる二人もそれで帰るわけにはいかないようで、先ほどより強く扉を叩き始めた。

 

どうやら扉の向こう側で狼に襲われているらしい。仕方ないと扉を開ければ、男が二人、慌てて飛び込んできた。狼が入り込まないうちに扉を勢いよく閉める。

 

麗しく聡明さを宿した顔つきには、どこか幼い頃の彼の名残を感じさせる。もう、ほとんど覚えていないけれど。

 

そんな彼に対し、モアネットは恭しく頭を下げた。彼に頭を下げないわけにはいかない。

 

「お久しぶりです。アレクシス王子」

 

彼は不幸になる呪いをかけられていた。その呪いを解いてくれとアレクシスはモアネットに縋る。

 

しかし、呪いは呪者本人でないと解くことはできない。アレクシスの呪いを解くため、モアネットは彼らの旅に渋々連れられることになる。

 

 

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