みんないなくなった中で自分だけが生きていた『ヒトクイマジカル』西尾維新


「もしも、ずっと生きていける身体にしてあげるって言われたら、どうする?」

 

 

 彼女はどこか年齢にそぐわない大人びた表情でそんなことを聞いてきた。ああ、またか。私はため息を吐く。彼女の唐突さはいつものことだ。

 

 

 とはいえ、答えない理由はない。どうせ今にも意味もなく虫を潰しそうなくらいには退屈だったし、答えないと彼女は怒るではないけれど拗ねるのだ。

 

 

 拗ねた彼女は面倒くさい。三年後まで同じことをねちねち言われ続ける羽目になる。

 

 

「ずっと生きていけるっていうのは、つまり不老不死ってこと?」

 

 

「そう」

 

 

「ちなみに、君はなりたいの?」

 

 

「なりたいよ。決まってるじゃん」

 

 

 だって、不老不死だよ。人類の夢じゃない。彼女はいかにも当然とでも言うように言った。

 

 

 たしかに、不老不死を求める人は昔からいたらしい。秦の始皇帝をはじめとする時の権力者は不老不死になれる方法を探し続けていたという。

 

 

 水銀を飲む、とか、眉唾ものの方法が昔からいくつも言われている。水銀を飲むと、むしろ命が縮むから、やっちゃあ駄目なことだけれど。

 

 

「じゃあ、君は不老不死になったら、何するのさ」

 

 

「え、だって、ずっと若いままいられるじゃん。ぴちぴちの肌のまま生きていられるし、ほら、いつまでも美少女」

 

 

 これはツッコミ待ちなのだろうか。藪蛇は突きたくないからノーコメントとしておこう。

 

 

「それに、死なないならいくらでも好きなことできるじゃん。飽きたらやめればいいんだし」

 

 

 多くの人が不老不死に抱くのは、そんな感じなのだろうか。彼女自身がいくらか変わり者だから、どうにも判断しにくい。

 

 

「どうすれば、不老不死になれるのかな」

 

 

「人魚の肉を食べればいいんだよ」

 

 

「ああ、そんな話があったね」

 

 

 人魚の肉を食べると不老不死になれる。その噂のせいで人魚が絶滅してしまったという物語もある。

 

 

「人魚ってどこにいるんだろうね」

 

 

「どこかにいるんじゃないかな、きっと」

 

 

 知らないけれど。実際にいたら、あんなにきれいなものじゃないと思うけれどね、人魚なんて。

 

 

「で、話をそらさないでよ。どう? もしも、ずっと生きていける身体にしてあげるって言われたら」

 

 

 そうだな。私は少し思案する。どう答えようかを考えているのではなく、答えるかどうかを迷っていたのだ。

 

 

「昔はなりたかった、かな」

 

 

「今は違うの」

 

 

「うん。人魚の肉、おいしくないし」

 

 

「え」

 

 

 ちなみに、秦の始皇帝は水銀を飲んだから早く倒れた。この目で見たのだから間違いないのだ。

 

 

不老不死の苦しみ

 

 不老不死は人類の夢。そんなことを言う人たちはあまりにも多かった。若さを保つために他者を傷つけた者もいたし、死から逃れる方法を探し続けた者もいた。

 

 

 しかし、世界に国という概念が出来上がるよりも前に人魚の肉を食べた私からすれば、なんて物好きなと呆れるばかりだ。

 

 

 周りが年老いていくのに、自分だけが年を取らない。必然、まともな人間関係は築けなくなる。

 

 

 恐怖と嫌悪から人は離れていき、私のそばに残ったのは不老不死になろうとする権力者か研究者だけだった。

 

 

 身体を好き勝手に切り刻まれ、すり潰され、痛くて悲鳴を上げても、どうせ死なないからと気にもかけられない。

 

 

 気が遠くなるような長い月日の中で、彼らどころか、研究そのものが頓挫して、私はどこにも居場所がない不安定な存在となった。

 

 

 どれだけ飢えていても、喉が渇いても、その苦しみが終わることはない。水の中に潜り続けようが、火に巻かれようが、痛いだけですぐにまた目が覚める。

 

 

 生き続けるということは終わらせることができないのも同然だった。苦しみも、痛みも、寂しさも、終わることがない。

 

 

 自ら終わらそうと思っても、終わらせることすらできないのだ。地獄がもしもあるならば、ここよりよほどましだろうと思う。

 

 

 だから、これは罰なのだ。人魚の肉を食べてしまった私に対する、終わらない罰。

 

 

 いつまでも続くことこそが、この世にある最大の苦痛である。

 

 

死なない研究

 

 場所は某大型国際ホテル、一階の喫茶店。四人掛けのテーブルに。向かい合って二人。一人はぼくで、もう一人が木賀峰約助教授だった。

 

 

 本日、八月一日。昨日できっちり大学の試験が終わって、ぼくは今日から夏休みなのだった。

 

 

 だが、ぼくはいろいろあって暇じゃない。選択してもいない授業の担当教授からの呼び出しなんて、本来無視してもよかったくらいなのだ。

 

 

 ただ、それでもぼくが彼女からの誘いに応じた理由は電話がかかってきたからである。知られているはずのない番号にかかってきた電話。そんなものを気楽に放置できるほど、ぼくは平坦な人生を送っていない。

 

 

「方法はいくらでもある。重要なところは、私が、目的達成のためには手段を選ばない種類の人間であるということです」

 

 

 ぼくは一歩引くことにした。深入りすると面倒そうな人だな、と思った。ぼくは身構えた。

 

 

「あなたは運命というものを信じますか?」

 

 

 ぼくに語っているというより、自分に言い聞かせているかのような口調だった。どうもこの人、あまり他人というものを意識しないタチらしい。

 

 

「あなたの経歴を調べさせていただきました。あなたのように面白い人間が私の人生と何のかかわりもないなんて、許すことができません」

 

 

 それが今日、ここにこうして場を設け、あなたを呼び出した理由です。随分とまあ、大仰な言い方する人だ。

 

 

 彼女から、研究への協力を依頼される。日給は五万。期間は一週間。合計収入三十五万。

 

 

 ぼくは立ち去ろうとする木賀峰助教授の背に、ひとつ、声をかけた。具体的に、あなたは何の研究をしているんですか?

 

 

 木賀峰助教授はあっさり答えた。意味ありげにでもなく、含みも持たせず。これということもなく、気負いもせず。あっさりと答えた。

 

 

「死なない研究――ですよ」

 

 

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