先輩たちと過ごすゆるふわな時間『GJ部』新木伸


「この部活は何をするところなんですか?」

 

 

「何もしない」

 

 

「帰ります。失礼しました」

 

 

 礼をして立ち上がる私を、先輩はまあ待ちたまえと止める。私は先輩に逆らうほどの気概も持てず、はあとため息を吐いてパイプ椅子に座りなおした。

 

 

 今年、私が入学することとなったこの高校は、マンモス校なだけあって部活の種類も豊富である。

 

 

 しかし、中には本当に活動しているのか怪しいものや、そもそも何をしているのか怪しいものまであった。

 

 

 今、私が訪れているのは、その中でも特に何をしているのか皆目見当もつかない部活である。その名を『GJ部』というらしい。

 

 

 部活勧誘のビラはどこも気合が入ったものだ。しかし、この『GJ部』だけは、でかでかと書かれた部活名に、下に小さく時間と教室が書かれているだけだった。

 

 

 というわけで、ものは試しにと思って訊ねてみたら、迎えてくれたのが今相対している先輩である。

 

 

 その活動内容が聞いたような、『何もしない』というものらしい。もはや、それは部活なのか。学校側の許可がよくもまかり通ったものだ。

 

 

「私は生徒会に所属しているからな。ごり押したんだ」

 

 

 権力は正しい人間が持つべきだと、誰かが言っていたような気がする。私は今、そうしなければどうなるのかという例を目の当たりにしていた。

 

 

「そんな目で見てくれるな。照れるじゃないか」

 

 

「褒めてるとでもお思いで?」

 

 

 呆れているのである。威厳のある先輩なのに、どうしてこうも残念な雰囲気がするのか。この部のせいなのかもしれない。

 

 

「先輩以外に部員はいないんですか?」

 

 

「三人いるな」

 

 

 意外である。とはいえ、どうやら今日は来ていないらしい。好きな時に来て、好きな時に帰ってもいいのだそうだ。

 

 

「それと、さっきから気になっていたが、部の名前が間違っているな」

 

 

「え、そうなんですか」

 

 

「うむ。『GJ部』と書いて『グッジョブ』と読むのだよ」

 

 

 ダジャレじゃないか。しかし、どうやら、そこは先輩にとって譲れないところであるらしく、強く力説された。まあ、それならそれでいいけれども。

 

 

「そもそも、どうしてこんな部を創ろうと思ったんですか」

 

 

「よくぞ聞いてくれた。その理由をわかりやすく説明するために、まずはこの本を読んでくれ」

 

 

 先輩はそう言って妙にかわいらしい表紙の、一冊の本を手渡してきた。

 

 

GJ部のつくられたわけ

 

 部長が見せてくれたのは、新木伸先生の小説である。タイトルは、そのまま『GJ部』。

 

 

 作中では、主人公の京夜。小学生みたいな部長。ゲームの天才、紫音。天使のように優しい恵。いつも肉を食べているキララ。この五人を中心にしている。

 

 

 彼らは『GJ部』という謎の部活の部員であるが、語り手である京夜も何をする部活かわからないらしく、質問しても答えてくれなかったらしい。

 

 

 小説だけれど、ストーリーなんてのはあってないようなもので、ひとつひとつのストーリーはとても短い。四コマ小説、と称されている。

 

 

 ヤマもオチも緩く、読んでいて和む。キャラクターがみんなかわいらしいのもあるけれど、個性的でおもしろい。

 

 

「どうだ? おもしろいだろう」

 

 

 先輩の言葉でついはっとした。見上げると、先輩が我が意を得たりという表情で笑っている。思わず夢中で読み耽ってしまった。

 

 

 お返しします、と返して、おもしろかったです、と素直に感想を伝えると、先輩はそうだろうと頷いた。

 

 

「私はこの本が好きでな、この『GJ部』の関係性に憧れたんだ。だから、高校ではこんな部活に入ろうと思っていた」

 

 

 そんな部はなかったが。それはそうだろうと思わず頷く。どんな部活も、青春を無駄にしないように必死なのだ。これほど緩いところはないだろう。

 

 

「私の家は親が厳しくてな、今まで好きなことを自由にはできなかった。学校でも生徒会としての威厳を示さなければならなかったしな」

 

 

 この本だって、親の目を盗んで必死に隠してきたものだ。部長はそう言って遠い目をする。

 

 

「だから、せめてどこかに心の休まる場所が欲しかった。何もしなくても、がんばらなくてもいい、ただいるだけで許される居場所が」

 

 

 だから、GJ部を創った。それが先輩の願いだという。なるほど、いつも引き締めることを強いられてきた先輩にとって、この緩さは憧れでもあったのだろう。

 

 

 私の親はよくも悪くもぽわぽわした人たちだから、いろんなことを許されてきた。けれど、先輩の気持ちはわかる。

 

 

 どれだけ立派な人であっても、どこかで力を抜かないといけないのだ。さもないと、いずれ耐え切れなくなって、壊れてしまう。

 

 

 緩さだって必要なのだ。けれど、そのためには自分にとって心から力を抜ける場所が不可欠だ。

 

 

「それで、これが入部届けだ。本当は原作通りに捕獲したかったんだが、さすがに止められてな」

 

 

「そうでしょうね」

 

 

 残念な雰囲気がするのは、この場所こそが先輩が心を許している場所だからだろう。この場所でだけ、先輩は残念な先輩でいられる。ちょっと度が過ぎている気もするけれど。

 

 

 先輩から渡された入部届けを見る。最初こそ、ただの興味だったけれど、今ではその気持ちが変わりつつあった。

 

 

 これから始まる高校生活。運動もせず、切磋琢磨もせず、何もしないこの部活で、ただ青春を無為に使い潰してもいいのだろうか。

 

 

 自問自答の末に、私は入部届けを受け取った。先輩が嬉しそうな笑みを見せて、ようこそ、と言う。

 

 

 それもまた、いいだろう。何かを必死に頑張ることだけが青春じゃないのだ。だらだらと、時間を無駄に過ごすのもまた、立派な青春の一ページだ、きっと。

 

 

史上初の四コマ小説

 

 それはある日のこと。京夜のあだ名が決まった日のこと。あだ名が必要、という声に、紫音さん、恵ちゃん、綺羅々さんも同意を示す。

 

 

「誰のですか?」

 

 

「オマエのに決まってんだろ!」

 

 

 部長がいきなり噛みに来た。手首と肘との間を、がぶりとやられる。一度噛みついた部長はなかなか離れない。みんなに部長の足を引っ張ってもらって、ようやく外れる。

 

 

「だいたいあだ名ってなんなんですか。名前ならありますよ京夜ですよ」

 

 

「却下。立派すぎ」

 

 

「愛称って大事ですよね。こういうのって、やっぱり印象で決まると思うんです」

 

 

 恵ちゃんが手のひらを合わせて、そう言った。彼女は天使ではあるのだが、この場合には助けは期待できない。天使の目には京夜の苦境も美談に映ってしまっているに違いない。

 

 

「白ごはん」

 

 

 紫音さんがぼそっと言った。

 

 

「なんにでも合うところ。彼の無個性をどう表現すればいいか考えてみたのだが」

 

 

「キララ。おい。なんかねーのか?」

 

 

 部長が綺羅々さんに話題を振った。彼女の深い神秘的な瞳に見つめられて、京夜は居心地の悪さを覚えた。きょろきょろと視線をさまよわせる。

 

 

「うまそう?」

 

 

「よし。うまそうな白ごはんで決定」

 

 

「決定しないでください! あと合体させないでください!」

 

 

 部長は膝を叩いて喜んでいる。ずっと考え込んでいた恵ちゃんが、このタイミングで言った。

 

 

「京夜さんの名前と、あとはさっきキョロキョロしていたのとをかけまして、キョロさんって、どうでしょう?」

 

 

「よしそれで決定!」

 

 

 京夜は黙っていた。不満かと言うと、そうでもない。普通にあだ名っぽいし。恵ちゃんがつけてくれたんだし。京夜のあだ名はこうして決まった。

 

 

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