私は学校の屋上に立っていた。吹きすさぶ秋口の強い風がコンクリートに寝そべる土埃を舞い上げる。
屋上には落下防止用の柵が設置されている。腰ほどの高さにあるそれに私はよじ登り、柵の外側に立った。
私は正面を見据えていた。空は突き抜けるように青く、ひとひらの雲が太陽の傍らに座り込んでいる。
私は手を左右に広げると、倒れこむように前に身体を傾けた。私の身体は、重力に従ってそのまま前へ。
視界に映る青空が上へと流れていき、遠くに見える地面が見えた。部活をしている野球部の野太い声が風を切る音に乗せて流れてくる。
私の踵がまず屋上から離れ、次に土踏まずが浮き上がると、とうとう爪先が屋上から手を放す。私の身体は宙へと投げ出された。
あんなに遠かった地面がものすごい勢いで近づいてくる。勢いよく叩きつけてくる風に、目尻から零れた一粒の涙が上へと置いていかれた。
いよいよ地面にぶつかるかと言わんばかりのところで、私は左右に広げた両手を羽ばたかせた。
落ちていくばかりだった私の身体がふわりと浮き上がり、逆巻く風が私を持ち上げる。
間近に見えていた地面が下へと流れていき、再び私の視界は果てのない青空を映し出した。
そうして私は鳥になった。
そのままボールを投げている野球部のセカンドとサードの間をすり抜けるように飛ぶ。
彼らは驚いたような顔で私を見ていた。そんな視線なんて意にも介さず、私はぐるりと旋回して彼らの頭上を飛び回る。
すると、打者の打ち損じたフライボールがあわやぶつかるかと言わんばかりのところに飛んできたので、慌ててその場から飛び去る。
高く、高く、もっと高く。私は身体を上に向けて、力の限り両腕を羽ばたかせた。
身体を叩く風なんてものともせず、私はとにかく高く飛び上がる。雲を突き抜けて、私の身体は気流の中へと飛び込んだ。
今度は私は飛行機になった。
けたたましいエンジン音を響かせて、私は身体をぐるぐると回転させた。雲が私の身体に掻き切られて、霧散していく。
もう腕を羽ばたかせる必要はなかった。ただ、プロペラを回してエンジンを動かすだけでよかった。
高く、もっと高く。硬くなった指先が雲を切る。風なんてもう感じもしなかった。私はただ、太陽に向かって飛び続けた。
もう少しで太陽に届く。そう思ったところで、私の金属の羽が蝋のように溶け始めた。
私は内心で慌てるけれど、もうどうにもならない。雲よりも高いところで、は羽がきれいさっぱり溶け切って、私は私に戻った。
太陽に手を伸ばすも、届かない。私の身体は重力に従って落ちていく。落ちて、落ちて、落ちて。
そこで目が覚めた。
空を見上げて
私が空を飛びたいと願うようになったのはいつからだったろう。私は空を見上げて思い出していた。
ああ、そうだ。中学生の時だ。私は記憶の中にいる当時の自分に立ち返った。制服を着た私に。
私が図書室で見かけたのが加納朋子先生の『少年少女飛行倶楽部』だった。その瞬間までは、その本はまだ、私が乱雑に読む中の一冊でしかなかった。
読み始めてから読み終わるまで、すぐだった。しかし、その後もずっとその本の内容は私の頭の中に残り続けた。
飛行クラブという変わった部活に所属する変わった名前の彼らは、当時青春を食いつぶしていた私にとって眩しく見えたのだ。まるで太陽のように。
空を飛ぶ。そのためにいろいろな手段を考えて全力を尽くす彼らの姿は、私の心にずっと残り続けていた。
やがて、いつしか彼らが目指していた「空を飛ぶ」という目的は、私の夢になった。
夢の中で私は鳥となり、飛行機となり、この青い大空を自由に飛び回っていた。
私は空を見上げる。この果てに何があるのか。あの雲の奥には何があるのか。私はそれが知りたかった。
かつて、飛行機を作り上げた人たちも、鳥人間コンテストに出る人たちも、みんな心は同じなのではないだろうか。
ただ、飛びたい。あらゆるしがらみを解き放って、檻を突き破り、この大空へ飛び立ちたい。
それは誰もが思い浮かべている夢ではないだろうか。
夢に理由なんていらない。ただ、飛びたい。つまりは、それだけでいいのだ。
空を飛びたいと願う少年少女たちの青春
ちょっと、なにこれ、という心の声を投げつけると、友人の大森樹絵里は私に言われても、と見返す。
だけど、この場合、樹絵里は罪のなさそうな顔をしていられる立場じゃないはずだ。なんたってこの「飛行クラブ」という怪しい部活動に私を引っ張り込もうとしているのだから。
中学生になった途端、樹絵里は恋をした。テレビタレントにキャーキャー言うような軽いものではなく、初めての本物の恋だった。
お相手の中村君は、一学年上の先輩である。せめて同学年ならまだしも、接点なんて全然ない。
野球部に所属している中村君に近づくためにマネージャーを志望してみたが、断られてしまったのだそうだ。
うちの学校はクラブ活動が必修だった。本格的な活動を行うのが事実上の強制なのである。
そこで、樹絵里から誘われたのが「飛行クラブ」である。なんでも、件の中村先輩は野球部と飛行クラブを兼部しているらしい。
私はやんわり断りモードに移行したが、樹絵里に腕をがしっとつかまれ、ぐいぐいと引っ張られる。
わけがわからないまま、私は二年二組の教室まで引きずって行かれた。窓際の一番後ろの席に、背筋を伸ばして本を読んでいる男子生徒がいた。
入り口から声をかけると、相手は文庫本からゆっくりと顔を上げた。眼鏡の奥の瞳がきらりと光った。
「……君たちが、入部希望者?」
これが私たちとカミサマとの、全然ドラマチックじゃない、出会いだった。
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