田舎の高校生たちがロックバンドを結成!『青春デンデケデケデケ』芦原すなお


 先生が壇上でよくわからない数式を説明している。俺は面白くない学校の授業を右から左に聞き流しながら考えていた。

 

 

 ああ、退屈だ。俺は大きく口を開けて欠伸を零した。先生が睨みつけてくるが、すぐに黒板に向き直った。

 

 

 目尻に浮かんだ涙を指でぬぐう。授業が退屈なんじゃあない。最近、俺はずっとそんな感じのことを思いながら過ごしていた。

 

 

 仲の良いやつらとはしゃぐのは楽しかった。大人になったらできないようなバカをやったり、周りを気にせずぎゃあぎゃあ騒いだり。

 

 

 しかし、いつだって心のどこかでそれを冷めた視線で見つめている俺がいた。気に入らねぇやつをからかっているときも、体育の授業で思いきり身体を動かしているときも。

 

 

 いつだってそうだった。何が不満だというわけではないのに、何かが足りないという感覚が俺の中に根強く燻ぶっているのだ。

 

 

 どうにも毎日が退屈だった。この下らない毎日をぶち壊すような、なにか強烈な刺激が欲しかった。

 

 

 俺はぼんやりとしながら、昨日読んだばかりの小説を思い出していた。読書感想文のために仕方なく読んだ本だ。

 

 

 『青春デンデケデケデケ』。題名が面白いと思って選んだ。思わず呟いてしまいそうなくらいにリズムがいいよな。 

 

 

 デンデケデケデケはベンチャーズのギターの音だ。俺も聞いてみたが、かっこよくていい曲だった、パイプライン。

 

 

 ふと、俺の中にある考えが浮かぶ。それはある種の衝動的ともいうべき考えだった。

 

 

 上手くいくかは知らない。いや、そんなことはどうでもいい。ただ、そうすれば俺もあいつらに近づけるような気がした。

 

 

 仲間とワイワイやる。目的がないのも楽しいが、目的があると大違いだ。あのギターを弾きながら輝くような青春を送っている、あいつらみたいに。

 

 

「ああ、そうだ、よし、バンドでも組むか」

 

 

 俺がそう呟いた時、とうとうしびれを切らした先生の手から放たれたチョークが、俺の額に直撃した。

 

 

青春の音を聞け!

 

 俺は学校の屋上に寝そべって空を眺めていた。耳に差したイヤホンからはけたたましいベンチャーズのギターが鳴り響いている。

 

 

 背中に当たるコンクリートの冷たさが心地いい。どこか遠くできゃあきゃあとはしゃぐ女子の高い声が聞こえた。

 

 

 今日は文化祭だ。勉強から解放されたやつらの解放感が熱気となってこっちにまで迫ってくるかのようだった。

 

 

 俺はその熱気に炙られたものだから、こうして屋上で気分を落ち着けていたのだった。

 

 

 普段は味気ないチャイムしか鳴らさない校内放送がポップなアイドルの曲を流している。俺はどこか物足りない気持ちを覚えていた。

 

 

 放送室に乗り込んで、バチバチのロックを流したら、あいつらはどんな表情をするだろうか。

 

 

 そんなことを考えたら楽しくなったが、実行に移そうとは思わなかった。なにせ、そんなことをしなくても、今日の主役は俺たちだからだ。

 

 

 『青春デンデケデケデケ』のあいつらは、つまらないはずの日常を全力で楽しもうとしていた。

 

 

 つまらないことにもぎゃあぎゃあ騒いで、仲間とともに夢を目指して、げらげら笑いながらギターを奏でる。

 

 

 そうか、俺はあいつらに憧れたのか。あの輝くような青春を謳歌するあいつらに。

 

 

「あっ、こんなところにいたのか」

 

 

 もうすぐ時間だぞ。散々探し回ったのだろう。いつもは怒ることのない彼の声には、疲労と苛立ちが込められていた。

 

 

 彼は一年間、ともにバンドを組んでバカをやった友人だった。思えば、あの時の俺の途方もない考えを真剣に聞いてくれたのはこいつだけだった。

 

 

「よし、行くか」

 

 

 俺は立ち上がる。もうあの時のように退屈はしていなかった。俺の日常に足りなかった刺激、ロックが耳元で常に鳴り響いているからだ。

 

 

 俺は今日、この学校に革命を起こす。荒々しいロックの精神を、つまらない日常に叩きつけてやるさ。

 

 

ベンチャーズのギターでロックに目覚めてバンドを組む高校生の青春

 

デンデケデケデケ~~!

 

 

 ぼくはつむじから爪先に電気が走るのを感じてはっと目覚めた。電気が走るというのは電気ギターのトレモロ・グリッサンド奏法がぼくに与えた衝撃のことを言っているのだ。

 

 

 机の上の棚に置いたラジオからベンチャーズの《Pipeline》が流れていた。心臓が高鳴っている。それはかつてまったく味わったことのない強烈な感覚だった。

 

 

 一九六五年、三月二十八日の昼下がりのことである。ぼくは十五歳。四月から香川県立観音寺第一高等学校に進学することが決まっており、春休みを満喫していた。

 

 

 兄がいじっていた古いバイオリンがあったので、《ホフマンの舟歌》を練習しているうちに眠くなって、いつしか居眠りをしていたのだった。

 

 

 ベンチャーズの《パイプライン》を聞いたのはその時が初めてというわけではなかった。ベンチャーズのみならず、シャンティーズの《パイプライン》も聞いていた。

 

 

 と同時にぼくは、音楽の本当の楽しみはクラシック音楽にこそ求めるべきで、ポップスは若いうちにしか楽しめない音楽であり、本物の芸術とは言えないと考えていた。

 

 

 だが、このときのデンデケデケデケに、そんな愚劣な俗物根性はきれいさっぱり吹き飛ばされ、頭の中で繰り返し流れていた。

 

 

 なぜこのとき《パイプライン》がかくまで強烈な印象を与えたのか、ぼく自身にもわからない。よくわからないが、まさに取り返しのつかない体験だった。

 

 

 ぼくは半ば無意識的にバイオリンを手に取って《パイプライン》のメロディーをなぞろうとしたが、うまくいかなかった。バイオリンを布団の上に放り出す。

 

 

「やっぱり電気ギターでないといかん!」

 

 

 ぼくの名は藤原竹良という。デンデケデケデケの啓示を受けてロックの道を志し、晴れて高校一年生となったが、なにはともあれギターとアンプを手に入れなければならない。

 

 

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