「よい働きであった」
玉座に腰かける我が君の恐れ多い言葉に、私は平伏する。
「お気に入りいただけたようで、光栄でございます」
「うむ」
お渡しした隣国の内部資料を、我が君は大層気に入ったようだ。玉座の隙間からのぞく尻尾がゆらゆらと揺れている。
「しかし、吾輩にはひとつの懸念があるのだ」
「懸念、でございますか?」
なんということであろう。悠然と構える我が君の心中には心悩ませることがあったのだ。それに気づかないとは、私は忠臣失格だ。
「さよう。聞いてくれるか」
「なんなりと」
こうなれば、私の全霊を以て我が君の悩みを払拭せねばなるまい。さもなくば、私が我が君のおそばに侍る資格はない。
「魔王とは姫をいただくものだと聞いた。どこの国の姫が手頃だろうか」
なるほど。我が君は魔王たるもの囚われの姫をひとりふたり作り出すのが当然だとお考えらしい。たしかに、囚われの姫を勇者から守る我が君は勇ましかろう。
私は顎に手を当てて、少し思案した後、我が君を向いた。
「失礼ながら我が君、その必要はないかと存じます」
「なんだと」
どういうことだ。表情を変えた我が君に、私は答えた。
「従来の魔王像はたしかに姫をいただく印象がありましょう。しかし、昨今の流行りは違います」
こちらをお納めください。私は一冊の本を差し出した。『悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました』と書かれている。
「城に押し入って姫をいただくのはすでに時代遅れ。やはり魔王たるもの、堂々と構えて姫の方から訪れるのを待つのです」
自分から行くのではなく待つ。異国では『ヤマトナデシコ』というらしい。
「ふむ、なるほど。いいだろう、姫を探すのは取り止めとする。吾輩は魔王らしく待つとしよう」
「それでこそ我が君でございます」
私は我が君の御前に深く頭を垂れた。
バッドエンドは回避された
思いとどまってくれた我が君の反応に、内心でほうと安堵の息を吐く。
危なかった。他国の姫を奪い取るとなれば、我が国が一枚岩となっていなくては難しい。
今はまだ先代の影響力が強く、我が君に反感を抱く勢力も残存している。実行に移すのは今ではない。
それに、我が君にふさわしい相手はすでに選定済みだ。どれもこれも我が国を代表する美姫ばかりである。わざわざ他国から調達する必要はなかろう。
ちょうどよく手元に資料があって助かった。あの物語を読めば、私が言ったことも理解してくれよう。
男たるもの自分から伴侶となるべき相手に告白すべき。我が君は先代からそう教えられている。
しかし、それは先代の時代が慎み深い女性こそが女性らしいという風潮を示していたためだ。
時代は変わった。今の女性は逞しい。男だから女だからという偏見の壁はもう打ち払ってもいいだろう。
性別や生まれで区別する時代は終わりを告げた。老人たちもそれを知るべきだ。今は、より個人を見るべき時代になっているのだから。
婚約破棄された悪役令嬢が向かうのは、魔王の住む森の古城
思えば、幼い頃からよく変な夢を見た。名前もわからない自分になり、仕組みが不可解な機械を持って、一人きりで遊んでいる夢だ。
瞳の奥で白昼夢がものすごい勢いで再生された。やがて、焦点があった視界が大理石の床を映し出した。
長い睫毛を上下させた自分の正面に、誰かが立ちはだかった。金髪の青年だ。膝をついている自分を上から見下ろしている。
ずきりとした胸の痛みが現実感を取り戻させる。目の前の人物は自国の王太子セドリック・ジャンヌ・エルメイア。
幼い頃からの知り合いで、自分の婚約者――そして、大好きだったゲームの攻略キャラだ。
「アイリーン・ローレン・ドートリシュ。俺は君との婚約を破棄させてもらう」
自分の名前だ。そして、ゲームでの悪役令嬢の名前だ。そして、これは悪役令嬢の婚約破棄イベントなのだ。
追いやられるように王太子の前を辞したアイリーンは立ち去りながら今後の対策を考えていた。
この後、自分はセドリックの一存で学園から無理やり退学させられ、そして三か月後、エンディングの時には自分の命がなくなることになる。
そんなのは、ごめんだ。ゲームで見た未来を変えるため、彼女は行動を開始した。
アイリーンは細身の剣を片手に持ち、カンテラの灯りだけを頼りに深夜の森の中をまっすぐ歩く。
森の中にはカラスやネズミの魔物がうろついていた。彼らは彼女に森を立ち去るよう警告を発するが、彼女は無視して先に進む。
やがて視界が開けた。星のない夜空の下に、廃城が現れる。魔王の城だ。さすがに気を引き締めなおした。
錆びた鉄の扉を力いっぱい押すが、なかなか動かない。だからと諦めるわけにもいかず、再度手を伸ばした時、後ろから声が聞こえた。
「手伝おう」
轟音と一緒に鉄の扉が吹き飛んでいった。アイリーンは鉄の扉を指先ひとつで吹っ飛ばした相手を見る。
闇より深い艶やかな黒の髪が湿った夜風になびき、顔立ちがあらわになった。魔性の美貌に息を呑む。
「人間が僕に何の用だ」
魔王であり、エルメイア王国の第一王子でもあるクロード・ジャンヌ・エルメイアが一切感情を宿らせないまま、唇だけを動かす。
アイリーンは顎を引き、髪をかき上げていつも通り微笑む。
「いいお話よ? わたくし、あなたに求婚しに来ましたの」
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