ひとつの種族の発展を見守る神様のファンタジー『つのつきのかみさま』きー子


 気がついた時、私は見下ろしていた。眼下に広がるそれを大地と呼ぶことを知ったのは、しばらく後のことだった。

 

 

 その大地には四足で歩く獣たちが走り回っていた。しかし、その中でもひと際目を引く動物がいた。

 

 

 彼らは他の動物とは違い、二本足で歩いていた。前足には棒の先に石をくくりつけたものを持ち、少数の群れで生活していた。

 

 

 彼らが彼ら自身を人間と名付けたのは、これもやはり、しばらく後のことである。

 

 

 彼らは不思議な存在だった。獣たちの中でも大きいわけではないのに、自分たちよりも大きな獣にすらも襲い掛かっていた。

 

 

 鼻の長い巨大な獣に襲いかかっているのを見た時は驚いたものだ。穴を掘ったり、複数人で囲んだり、いろいろと工夫をして身体の大きさの差を埋めていた。

 

 

 彼らは洞窟や岩陰で雨をしのぎ、棲家を変えながら少しずつ数を増やしていた。しかし、やがてそれも終わる。

 

 

 彼らは家を建て、ひとところに住み始めた。植物の種を地面に植えて育てることで、移動する必要をなくしたのだ。

 

 

 石だけでなく、土の中に埋まっていた鉄などの金属も使って、道具もさらに使いやすく改良していった。

 

 

 眼下に広がる巨大な水たまり、彼らは海と呼んでいたけれど、そこを渡れるようになったのもその頃だった。

 

 

 木を切って、組み立てて皿のような形の、奇妙な乗り物に乗り込んで。彼らはそれを船と呼んでいた。

 

 

 彼らは住む場所によって作るもののやり方も、形も、何もかもが違っていた。地形も気候も違うのだから、それも当然なのかもしれないけれど。

 

 

 彼らは互いに自分たちのものを交換し合い、作り方を教えた。そうして、彼らはさらに便利なように発展させていった。

 

 

 小さな家が建っていたそこはやがて、たくさんの家が並ぶようになり、村というひとかたまりの人間の集まりを作り始めた。

 

 

 彼らが数を増やしていくのは見ていて楽しかった。もう、彼らが大勢倒れてしまうようなことはないだろうと思っていた。

 

 

 けれど、彼らは私が考えもしないようなことをし始めた。最初はおかしくなったのかと思った。けれど、驚いたことに彼らはみんなで同じことをし始めたのだ。

 

 

 武器をとり、彼らは戦い始めたのだ。他の人間たちと。せっかく増えた数を、彼らは自ら減らし始めた。戦いの時代が、幕を開けたのだ。

 

 

神様は見ている

 

 あれから随分と平和になったものだと思う。人間たちは大勢が一気にいなくなるなんてこともなくなって、大地に溢れかえっている。

 

 

 彼らの繁栄は私が望んだことであったけれど、これだけの繁栄を見ることができたならば、私は結構、満足していた。

 

 

 けれど、彼らがなんでもかんでも私のせいにするのは、どうにも釈然としないところがあった。

 

 

 彼らの言う『神様』というのは、きっと、私のような存在のことなのだなと言うのはわかったのだけれど、物語に語られるようなものとは違う。

 

 

 ましてや、人間を作った、なんていうのも違っている。彼らは私が気がついた時にはすでにいたのだから。むしろ、彼らこそが私を作ったと言えるだろう。

 

 

 彼らの語る神様は全知全能なのだそうだけれど、彼らがもしも私を見ることができたならば、きっとすごくがっかりするに違いない。

 

 

 私は全知全能とはほど遠い。肉体を持たない私は、声をかけることもできないし、助けることもできないし、何もすることができないのだ。

 

 

 私にできるのは、ただ見守ることだけ。なにせ、数千年も続けてきたのだから、それだけは私は自信を持って自慢できる。

 

 

 そんな私から見て、今の時代はある程度は安定しているみたいだった。ちょっと前みたいに大勢の人たちが一気にいなくなることはない。あれは悲しい出来事だった。

 

 

 彼らは今は悪い時代だなんて言っている人がいるけれど、そんなことはないと思う。というか、彼らはどの時代であっても同じようなことを言っているのだ。

 

 

 けれど、昔と比べると、食べるのに困る人は減ったし、住むところにも困らなくなったし、彼らの問題は彼ら自身で解決できている。

 

 

 きっと、もしも彼らの語る全知全能の神様とやらがいたとしても、何も手を出さないんじゃないかな。手を出す必要なんてない、と私ですら思うんだから。

 

 

 彼らは自分のことを不幸だ不幸だなんて言うけれど、それはきっと、幸せなのに気づいていないだけなのだ。

 

 

 彼らはどんな幸せな時でも、不幸なことを見つけることができる。いっそ、そんな不幸なんて、あの時代と比べてみれば、よっぽどましだというのに。

 

 

 間違いないよ。なにせ、ずっと彼らを見てきた私が言うのだから。

 

 

神様が見守るつのつきの発展

 

 わたしが目覚めたとき、私は彼らを遥か高みから見下ろしていた。彼らは私よりずっと低いところに立っていて、それが”地面”というのだとわたしは漠然と理解した。

 

 

 彼らは不思議な姿形をしていた。脚は地面についている二本で、地面についていない方の二本は”腕”ないし”手”というらしい。

 

 

 身体の上に丸い頭がのっていて、そおに毛並みのような髪が生えていて、頭のてっぺん、額にはぴんと誇らしげにまっしろな角が立っていた。

 

 

 みんなの角があまりに目立って見えたものだから、わたしは彼または彼女たちを”つのつき”と呼ぶことに決めた。

 

 

 つのつきたちはだだっ広く青々とした平原を転々として暮らしていた。数はせいぜい二十人くらいで、それがたまに減ったり増えたりしている。

 

 

 つのつきたちはもっぱら狩りをしてごはんを食べていた。食べなければ生きていけないんだ、とわたしは不思議に思ったものだけれど、つのつきたちにとっては当たり前のことらしい。

 

 

 わたしには身体もなんにもないものだから、つのつきたちをひどくうらやましく思った。そして同時に、つのつきたちを見守るのがずいぶん楽しくなっていた。

 

 

 大変なことが起きたのは、つのつきたちが五十人くらいに増えた時のことだった。突然大荒れの天気が襲いかかったのだ。みるみるうちにつのつきは十ほど減ってしまって、わたしは呆然としてしまった。

 

 

 気が気でないくらいはらはらとしていたとき、ふとわたしはつのつきがおかしなことをしているのが目についた。

 

 

 誰もいない高いところに向かって必死に何かを呼びかけているのだ。彼らは一様に、誰もいない天に向かって一心に祈りを捧げていた。

 

 

 そのとき、わたしはようやく気付いた。――いた。わたしが、いた。だからわたしはいっそのことと腹を決めた。

 

 

 わたしは平原をめちゃくちゃに荒らしまわる嵐を見つめる。わたしはそれを引っ掴んでえいやっと放り投げた。

 

 

 嵐はふっとかき消え、つのつきの女性が祈りを、感謝の言葉を伝えてくれる。私はそれに応えようと思った。

 

 

 つのつきたちの生活が明らかに変わった。以前のようにあちこちを転々としないようになったのである。

 

 

 わたしにできることがあるかといえば、あるかもしれない。なにができるか考える。そこで、食べられるものがあるところを探して、教えることにした。

 

 

 ――きこえますか?

 

 

 わたしは酋長と呼ばれている女性を見つけて、声をかける。やろうと思うほかになかったけれど、できた。

 

 

 見つけた位置を大雑把に伝える。好き勝手に言うだけ言うと、彼女は瞳をじんわりと濡らして、感謝を伝えてきた。そして続けられた言葉に、私は止まった。

 

 

「貴方様は、一体、どなたなのでございましょう」

 

 

 ――わたしは、だれ?

 

 

 問うているはずの彼女にそのまま訊き返してしまう。つのつきの女性はふと、目を閉じると、角をゆっくりと撫でながら言う。

 

 

「私たちは、貴方様を、”カミサマ”だと、そう考えております」

 

 

 わたしは、だれ? わたしは、神様。わたしは、つのつきのかみさまだ。

 

 

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