手に汗握る戦闘シーンが魅力のダンジョンファンタジー『カボチャ頭のランタン』mm


 ハロウィンの夜、本屋に備え付けられた椅子に腰かけて、ジャックはただ静かに本を読んでいた。

 

 

 普段は喧騒に満ちた本屋も、今宵は何故だかジャックの他に人はいない。本屋の中は不気味なほどの静寂に満ちていた。

 

 

「やあ、ジャック。良い夜だな」

 

 

 声をかけてきたのは不気味な笑みを浮かべる黒いスーツの男だった。知らない男である。しかし、彼が自分の名前を知っていることに疑問を覚えることはなかった。

 

 

「よお。あんたも本を読みに来たのか」

 

 

「いいや、俺はお前の魂を取りに来たのさ、ジャック」

 

 

 赤い瞳を爛々と輝かせながら、彼は笑った。凶悪な笑みを浮かべた口元には鋭く尖った犬歯がのぞいている。

 

 

「そうか。俺のつまんねえ人生も、これで終わりってことだな」

 

 

 ジャックはため息を吐くと、読んでいた本を閉じてゆるゆると立ち上がった。彼の反応が気に食わなかったのか、悪魔の笑みが少し引き攣っている。

 

 

「だが、最後にひとつだけ、お願いがあるんだ」

 

 

 ほう、言ってみろ。聞くかどうかはそのお願いとやらを聞いてから答えてやろう。悪魔の言葉に、ジャックはありがとうとだけ答えた。

 

 

「今しがた読んでいたこの本、『カボチャ頭のランタン』っていう本なんだが、お前が来たから途中で中断しちまった」

 

 

 気まぐれに読み始めたんだが、こいつがまたおもしろいんだよ。その世界では迷宮ってのがぽこぽこ出てくるらしいんだけどな。

 

 

 その迷宮には一獲千金の宝があるのさ。それを求めて危険を冒して迷宮にもぐる探索者なんて仕事がある。いいよな、俺もしてみてぇもんだ。

 

 

 ランタンはその探索者だ。そしてある時、ランタンは家を荒らしていたやつらを片づけて、そいつらに従わされていたリリオンって女を助けるのさ。

 

 

 リリオンに頼まれてランタンはそいつを探索者として面倒を見ることにするんだ。

 

 

 で、いざ迷宮だ。迷宮には魔物が出てきて人間を襲うもんで、当然そいつらを退けなけりゃあいけねぇわけで。

 

 

 この作品のミソは戦闘だぜ。スピーディーでド迫力だ。読んでるだけでも、子どもみてぇにドキドキするくらいだ。英雄でも見てるみたいにな。

 

 

 そんでよぉ、リリオンもどうにか戦って、ようやく迷宮の奥にいるっていう大ボスとの戦いだ! そんな時にお前さんが来たのよ。

 

 

 なあ、わかるだろ。この物語の先が気になってしょうがねえのさ。これじゃあ魂を渡すのも惜しくなる。ジャックの願いに、悪魔は拍子抜けと言わんばかりに呆れた表情を見せた。

 

 

「なんだ、そんなことか。ならば、いいだろう。買ってこい。読むぐらいの時間ならば待っておいてやろう」

 

 

 レジの方へと顎をしゃくる悪魔に、ジャックは首を横に振った。彼は懐から財布を取り出して蓋を開けたままひっくり返す。落ちてきたのは残りカスだけだった。

 

 

「買う金がない。かといって、このまま立ち読みを続けるのも良心に咎める。俺ぁそんな筋を通さねぇのが大嫌いなんだ」

 

 

「仕方ないな。俺が協力してやるからとっとと買って来いよ」

 

 

 悪魔はいかにも仕方なさげにため息を吐くと、見る見るうちに小さくなってコインに姿を変えた。

 

 

 しかし、途端にジャックはコインを掴み取ると、自分の財布に放り込んだ。そして、首にかけていた銀のロザリオでぐるぐるに巻き付ける。

 

 

 やられた。悪魔は暗闇の中で自分の迂闊さを嘆いた。ロザリオのせいで財布の外に出ることができず、元の姿に戻ることもできない。完全に閉じ込められたのだ。

 

 

「そこから出たいか」

 

 

 財布の外からジャックの声がする。悪魔は口惜しさに唇をかみしめた。しかし、今の彼にはもはやどうすることもできない。

 

 

「ああ、出たい。出させてくれるか」

 

 

「条件がある。俺の魂を今後二度と取らないことだ。約束してくれたならば、そこから出してやろう」

 

 

「……いいだろう、約束する。だから、ここから出してくれ」

 

 

 ジャックはロザリオを外し、財布の蓋を開けた。金色のコインが中から飛び出して、元の悪魔の姿に戻る。

 

 

「さあ、出してやったぞ。とっとと帰れ、悪魔め」

 

 

「ああ、約束は約束だ。仕方あるまい」

 

 

 悪魔はしてやったりという表情でにやにや笑うジャックを睨みつけると、何を言わずに姿を闇に溶かしていった。

 

 

 普段の喧騒が世界に戻ってくる。ジャックは再び座り込むと、再度立ち読みするために本を開いた。

 

 

さまようランタン

 

 天寿を全うしたジャックは天国への階段を上っていた。目の前には見上げるほど巨大な天国の門が立ちはだかっている。

 

 

 しかし、どういうわけか、門はジャックを前にしても開くことはなかった。これはおかしい。ジャックは門に向かって声を張り上げる。

 

 

「おい、なぜ開かない! 早く開けろ!」

 

 

 門の奥から響くような声が響いた。自然と跪いてしまいそうなほど威圧感に満ちた声だ。

 

 

「お前の生前の所業は善とは言いがたい。よって、お前を天国に入れるわけにはいかぬ。地獄へと落ちるがよい」

 

 

 言うや否や、ジャックの足元の階段が崩れ始める。ジャックは悲鳴を上げながら為す術もなくその身を宙へと躍らせた。

 

 

 気がつけば、彼は暗い小道にいた。一寸先すら見通せないほどの濃密な暗闇だった。ジャックは手探りしながら前へと進む。

 

 

 やがて、姿を現したのはおどろおどろしい門だった。ジャックは諦念を胸に、地獄へと続く門の方へと向かった。

 

 

 ふと、門の前に誰かが立っている。ジャックはその姿を見て目も見開いた。それはいつぞやの悪魔だったのだ。

 

 

「久しいな、ジャック」

 

 

 彼は相変わらず気味の悪い笑みを浮かべながらジャックに軽く会釈した。その瞳の中には愉悦の色が満ちている。

 

 

「……俺は地獄に堕とされるんだろう。早く門を開けろ」

 

 

 しかし、門は開かない。ジャックは怪訝に眉をひそめた。悪魔はにやにやと意地の悪い笑みを深めて言った。

 

 

「いいや、安心しろ。お前は地獄には堕ちないさ。俺はお前の魂を取らないと約束したからな。悪魔は約束を守るもんさ」

 

 

「……なんだと。だが、俺は天国に入れてもらえなかったんだぞ!」

 

 

「天国の事情は知ったことではない。少なくとも、契約した以上、俺はお前の魂を取るわけにはいかない」

 

 

 ジャックは愕然とした。天国には入れてもらえず、地獄に入ることもできない。

 

 

「馬鹿な……。それじゃあ、俺は、いったいどこに行けばいいのだ……」

 

 

 頭を抱えて涙を流したジャックに、悪魔は酷薄な視線を向けた。愉悦を味わっていた舌には軽蔑の響きをまとわせている。

 

 

「元いたところに帰るんだな。もう二度と会うこともないだろう」

 

 

 闇の奥に消えようとする悪魔をジャックは引き止める。その表情にかつての傲慢はなく、ただ肩を落として惨めを晒していた。

 

 

「待て……待ってくれ……。せめて、明かりをくれないか。本当に、この頼みが最後だ、頼む……」

 

 

 悪魔は地獄で盛っている炎を手に取ってカボチャをくり抜いたランタンに灯し、ジャックに差し出した。 

 

 

 ジャックはすまない、と消え入りそうな声で呟くと、踵を返して暗い小道を歩いていった。彼は今もさまよい続けている、永遠に。

 

 

魔物と戦い、迷宮を探索するダンジョンファンタジー

 

 三日ぶりに見る空は、燃えるようなオレンジに染まっていた。うんざりするような、安心するようないつもの空だ。

 

 

 引き上げ屋が慣れた手つきでランタンの腰からフックを外し、ロープを丸めながら回収していく。ランタンは薄暮れの光に目を細めながら、老人のように呻いた。

 

 

 顔だけ向けて、引き上げ屋に声をかけるとランタンは重い足取りでその場から立ち去った。

 

 

 ランタンは特区と下街を隔てる南門が近くになると、背嚢を改めて背負い直し、重い身体に鞭打ってびしりと背筋を伸ばす。

 

 

 路地に入り、奥へ奥へと進んでいくと次第に喧騒が消えていく。いくつかの迷路のような辻を曲がると、朽ちた集合住宅が現れる。

 

 

 今にも崩れ落ちそうな外階段を上り、四つ立ち並んだ部屋のもっとも奥の部屋がランタンの住処だった。

 

 

 ランタンは扉の前に立つと、腰にぶら下げた戦槌に手を伸ばした。静寂で満たされているはずの室内から、声が聞こえるのだ。

 

 

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