ヤンデレに愛されている女性のシュールなラブコメディ『ハイスペックでイケメンなヤンデレに愛されて今日も夜しかグッスリ眠れない』さき


 また、今日もいる。窓から外を見下ろして、電柱の陰にぼうっと佇んでいる男を見た。

 

 

 ふと、見上げてくる視線と目が合った。その瞳の奥に見える偏執的な色に、ぞくっと背筋を震わせる。慌てて臙脂色のカーテンを閉めて視線を遮った。

 

 

 閉じてしまった窓を背に座り込む。カーテンを閉める直前に見た男の気味の悪い笑みが浮かんでくるような気がした。

 

 

 あの男とどこで初めて出会ったかは覚えていない。ただ、やたらとよく会うなとは薄々と感じていた。

 

 

 違和感を感じ始めるのに、それからそう時間はかからなかった。

 

 

 仕事に向かう先で。買い物で。出かけ先で。家で。帰宅して。足を向けたあらゆるところで、その男と出会うのだ。

 

 

 そして、いつだって、視線を向けたとき、その男もまた、私を見ていた。口元に薄い笑みを湛えて。

 

 

 友人を思い出す。彼女は高校生の時、ストーカーにつきまとわれていた。その悩みを、よく聞かされていたものだ。

 

 

 今になって、その相談にもっと真剣に乗ってあげればよかったと思う。我が身になってようやくわかることだってあるのだ。

 

 

 ストーカーの恐ろしさ。よく知らない男からつきまとわれる恐ろしさ。それがようやく私にも理解できた。

 

 

 短髪に、中肉中背の、特に目立った特徴もない男。にもかかわらず、その表情に浮かんだ笑みは私の脳裏に焼き付いてしまった。

 

 

 カーテンを開けられなくなったし、洗濯物を外で干せなくなった。スカートや露出の多い服が着れなくなって、外に出る時はいつもびくびくしながら歩くようになった。

 

 

 まさか、ストーカーひとりにこんなにも乱されるなんて思ってもみなかった。けれど、いざという時のことを考えると、背筋がぞっとするようだった。

 

 

 親や友人に相談すると、警察に電話をするよう勧められた。けれど、特に何をされたわけでもない。きっと警察はまともにとりあってくれないだろう。

 

 

 けれど、どうすればいいか、私にはわからなかった。ただ、普段以上に気をつけることしか。

 

 

 けれど。今にして思えば、私は早く警察に相談すべきだったのだろう。被害が出てなくても、少しは考慮されるかもしれなかったのに。

 

 

 あるいは、親や友人のもとへと身を寄せるか。そうすれば、こんなことにはならなかったろうに。

 

 

 私は、自分の部屋に座っていた男を目にして、呆然とした頭の中でそんなことを思った。

 

 

ヤンデレたるもの

 

「好きです、付き合ってください」

 

 

 そう言って彼は頭を下げた。その男と机を挟んで座った私は、ある程度予想できていて、それでいながら聞きたくなかった言葉に頬をひきつらせた。

 

 

 彼は私との馴れ初めを熱く語ってくれた。もちろん、それは私には心当たりのないことだった。

 

 

 私は近所にあるコンビニで働いている。そこは彼にとっても常連で、レジに立つ私に幾度か会計をしてもらったらしい。

 

 

 その時に目を見て笑いかけてくれたことだとか、お釣りを渡すときに手と手が触れたことだとか、そういったことをまるでドラマのように熱狂的に語ってくれた。

 

 

 私はうすら寒くなる。仕事として当然のように行っていたことが、そんな風に見られていたことが恐ろしかった。

 

 

 彼の中では、私は彼に惚れていて、少ない機会で必死にアピールをしている健気な女性となっていた。

 

 

 もちろん、事実無根である。そもそも、私は客としての彼を覚えてすらいなかった。

 

 

 どうやって家に入ったかと聞くと、通販でそういった道具を取り寄せて、それを使ったとのことだった。

 

 

 鍵を変えるか、引っ越ししとけばよかったと思ってももう遅い。この男はすでに、私の家に上がり込んでしまったのだ。

 

 

 今は自分の想いの丈を私にぶつけるために話すことに夢中になっているけれど、もしも私が彼の想いに応えなかったら。

 

 

 もしも彼の抱いている幻想を、私自身が壊してしまったら、どうなってしまうのか。

 

 

 彼の好意が憎悪に変わるのが怖かった。自分だけの世界を持っている人間は、だからこそ怖ろしい。

 

 

 好きという想いは、時として狂気に変わる。相手を想う気持ちが、人を傷つけるのだ。

 

 

 私は彼の話を聞きながら、恐怖に身を震わせていた。逃げるべきか、応えるべきか。向かう先は、どちらも地獄だ。

 

 

ヤンデレにつきまとわれる女性のシュールなコメディ

 

「ヤンデレたるもの!」

 

 

 レムが威勢のいい声を上げる。今日も今日とて、相変わらず文句のつけようのない完璧な見た目である。

 

 

 透璃はそんなレムの発言をゲーム片手に聞いていた。

 

 

「ヤンデレたるもの、恋人に電話番号を削除させるべし!」

 

 

 二人は恋人ではない。が、しかし、そんなことは今さらである。とりあえず、言われるがままに透璃は携帯電話を手に取った。

 

 

 どれを消そうか、と透璃が電話帳に登録された名前を順に追っていく。しかし、レムによると、仕事関係や病院といったデータは入らないらしい。

 

 

 彼曰く、透璃と親密な関係にある人じゃないと意味がないという。なるほどと思いつつさらに電話帳をスクロールして、これならと思うデータを見つけた。

 

 

 透璃と昔から繋がりがあり、かなり親密な関係にある人物の電話番号のデータである。

 

 

「実家です」

 

 

「待って、重い」

 

 

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