許さないわ。絶対に。ゼッタイに。ずっと一緒だって言ったのに。ずっと友だちだって言ったのに。
あのうるさいカラスが言ったのよ。お前は捨てられたんだって。あの娘はもう、お前なんていらないんだって。
商品ケースに並んでいた私を、小さかった頃のあなたが覗き込んできた時、私のことを「かわいい」って言ってくれたわね。
その時から、私はあなたのことを友だちだと思っていたのよ。私の周りなんて、とぼけたクマや、小さな戦隊ヒーローばかりで、私をかわいいなんて誰も言ってくれなかったんだもの。
ほら、私のドレス、素敵でしょ。有名なコーディネーターが作ってくれたのよ。水色の、ひらひらしたきれいなドレス。
私のチャームポイントはきれいな目。ガラス玉だけど、青いんですって。長い巻き毛の金髪も、ねぇ、素敵でしょ?
でも、かわいいって言ってくれたのは、あなただけ。だから、私、とっても嬉しかったのよ。
あなたのきらきらした目、見たことないお星さまってきっとこんなふうにきれいなんだろうなって、思ったの。
まだ子どもで、胸も小さかったけれど、きっとあなたは誰よりも美人になる。そういえば、あなたのママもきれいだったわね。
あなたが私を閉じ込めている商品ケースから取り出して、その腕にぎゅっと抱きしめてくれた時、私はあなたの友だちになったのよ。
あなたも言ってくれたわ。「あなたはずっと、私の一番の友だちだよ」って。私の声は聞こえないだろうけれど、私も「そうよ」って返したの。
私たちはずっと一緒だったわ。寝る時も、ベッドの中で二人並んで。おままごともしたし、お着替えもしたわ。
私の表情はあなたみたいにコロコロ変わったりはしないけれど、私も楽しかったのよ。あなたも、そうでしょ?
それなのに、その友だちをあなたは、私が自分だけで動けないと知っていて、こんな暗くて寂しいところに押し込めるのね。
思えば、あなたはいつしか、昔みたいに遊んでくれなくなったわ。私を抱きしめてくれなくなったわ。
ほら見て、私の服なんて、ずっと変わっていないの。これじゃあ臭くなっちゃうわ。女の子に対する仕打ちとしては、あんまりじゃないかしら。
それどころか、自慢の金髪にも、ねぇ、蜘蛛の巣が張ってるのよ。ほら、払ってよ。そしてごめんねって言ってよ。ねえ。
ここは、どこなの。暗い。クライ。怖いわ。カラスの声が聞こえるの。耳障りな、うるさいカラスの声が。聞きたくないことを言ってくる、意地悪なカラスの声が。
「暇つぶしにお話でも話してやるよ。今のお前にはぴったりな話かもな」
カラスが話してくれたのは、『みつばものがたり』っていうお話だったわ。でもそれは、あなたが昔、してくれたような明るくて楽しいお話なんかじゃなかった。もっと鬱々とした話よ。
長い眠りから覚めて、不思議な記憶を持った女の子。みつばの周りでは、いろんな人のアクドイ思惑と陰謀が蔓延っているの。
何よりも不思議なのは、彼女が持っている力。彼女に向けた悪意は、何倍にもなって返ってくる。彼女が憎んだ相手は、必ずひどい目にあうの。
ぞっとするような話よ。いったいどうして、この話が私にぴったりだっていうのかしら。
「呪いの人形。まさにお前のことじゃないか」
憎いんだろう? オトモダチが。復讐したいんだろう? お前が受けた悲しみと、同じだけのカナシミを。カラスはそう言うの。
違う。違うわ。あの子は、私の友だち。呪いだなんて。そんなわけないじゃない。捨てられたのだって、きっと何かの間違いで。
……本当に? あの子はもう、私のことなんて友だちだと思っていないのよ。そもそも、覚えてすらいないんじゃない?
そんなわけないわ。そんなわけ。私は。ワタシは。違う。違う。呪いの人形なんかじゃ。
そう。そうよ。憎いからじゃない。復讐したいからじゃない。でも、私は知りたいの。あの子にもう一度会って。
そう思ったら、ねえ、不思議なのよ。今まで動かなかった身体が、動く。ガラス玉のはずの目が。プラスチックの手足が。
頭上に糸なんてついていない。でも、もう、私のカラダは自由よ。だから、ほら、我慢しないで。あの子に会いに行きましょう。
ああ、でも、そうね。あの子に会いに行くのなら、まずは、そう、約束しなきゃね。だって、友だちでも礼儀は大事でしょ?
もしもし、私、メリー。今、あなたの後ろにいるの。
どこかおかしい少女の愉快な学校生活
この世界は私のために回っている。そんなハイテンションな感じで世界を眺めていたら、いつのまにか白いお髭がダンディなおじさんに抱きしめられていた。
とりあえず何か声をかけようと思い口を開いてみたのだが、喉が凄まじい痛みを訴えて言うことを聞いてくれない。
しばらく目を閉じて考えた結果、声を出すのを諦めて自分の喉をツンツンと指し示すことにした。しばらくの沈黙の後、おじさんは安堵の息を吐いて、笑みを浮かべる。
ダンディなおじさんに命じられた使用人のおばさんが、大慌てで水差しを差し出した。どうやら私は看病されていたらしい。
私の名前はミツバというらしい。ベッドから抜け出し、震える足をこらえながら、ふらふらと立ち上がる。
怯えていた執事のピエールとの会話を通じて、私は現在の状況をそこそこ把握することに成功していた。
ここはブルーローズ公ギルモア公爵の城館なんだとか。そして私は今は亡き第一夫人ツバキの忘れ形見と。
ツバキ夫人は産後の肥え立ちが悪化してそのまま。そのうえ、残された赤子の私も意識不明のまま植物状態へ。
公爵家は私を延命させるために莫大な私財を投じていろいろとしてしまったらしい。私の継母のミリアーネとギルモアの夫婦仲は別居するほど悪化したのだそうだ。
私はもう一度寝ますと呟いて、布団の中にもぐりこむことにした。まあ、なるようになるだろう。そんな感じで目覚めたみたいだし、きっとなんとかなるさ。
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