勇者と名乗る少女の凄絶な生き様『勇者、或いは化物と呼ばれた少女』七沢またり


『勇者は厳しい戦いの果てに魔王を倒し、世界に平和を取り戻しました。めでたし、めでたし』

 

 

 身体中に突き刺さる金属の冷たさと、相反するような痛みの灼熱に溺れ、薄れゆく意識の中で少女が思い出していたのは、幼い頃、母に聞かされた寝物語だった。

 

 

「化物め」

 

 

 吐き捨てるように呟く男の顔を見る。目が合った瞬間、彼の表情が恐怖に染まる。ヒッと小さく悲鳴が上がり、彼の手に握られた剣が、より深く少女の臓腑にねじ込まれた。

 

 

 彼が頭を撫でてくれた時の、優しい表情を、すでに少女は思い出すことができなくなっていた。それは遥か遠い昔のことだ。

 

 

 少女を騎士の道へと誘った寝物語に、原典が存在するのだと教えてくれたのは彼だった。

 

 

 その表題を、『勇者、或いは化物と呼ばれた少女』といった。それは寝物語とは似ても似つかない、凄惨で残酷な物語であった。

 

 

 少女は幼い頃、魔王を倒し、世界に平和を取り戻した勇者に憧れ、父の嘆きを振り切って日夜剣を振るった。

 

 

 雨の日も、風の日も。その努力が認められ、騎士として叙勲を受けた時、少女は人生で最高の瞬間を味わった。

 

 

 数少ない女騎士のひとりとなった少女は、美しい容姿も相まって妹のように先輩騎士たちにかわいがられた。

 

 

 夢を叶え、少女は幸せだった。少女の夢が牙となって、少女自身の身体に突き立つまでは。

 

 

 少女は騎士になってからも、鍛錬を欠かさなかった。もともと、才能に恵まれていたのかもしれない。気が付いた時には、何もかもが遅かった。

 

 

 いつしか少女の実力は、先輩を超え、騎士団の団長を凌駕し、巨大な魔物を屠り、敵兵を芥のごとく蹴散らした。

 

 

 もはや、少女に敵う騎士はひとりとしていなかった。少女は誰よりも強くなった。しかし、それこそが悲劇の始まりだった。

 

 

 少女が先輩騎士に勝ち始めた頃から、少女は先輩騎士たちから悪意の視線を受けるようになった。それだけでなく、陰湿な嫌がらせをされるようになり、誰もが少女から距離を置いた。

 

 

 自分たちが妹のようにかわいがっていた少女よりも、自分たちが騎士として劣っているという事実が彼らには受け入れられなかったのだ。その現実を拒否するために、少女を拒絶した。

 

 

 誰とも組めなくなった少女の訓練の相手を引き受けた騎士団長に勝ったその瞬間、少女は団長の庇護すらも失った。誰よりも強くなった少女に向けられるのは称賛でも憧憬でもなく、醜い嫉妬だけだった。

 

 

 国に迫る魔物を倒し、幼い頃に夢見た通りに、名実ともに「勇者」となった彼女に向けられたのは、彼女が夢見たような万雷の拍手ではなかった。

 

 

 恐怖。それはむしろ、彼女自身が魔物であるかのような。国を守った彼女を民は英雄として歓迎し、騎士や貴族は蛇蝎のごとく嫌悪した。

 

 

 もしも、彼女が叛意を露わにし、その刃が我らに向かったら。彼らのその悲観的な妄想は、彼らにとっては未来に必ず起こる現実となった。

 

 

 騎士や貴族、王族を交えた国の上層の密やかな会談。すでに結論は決まっていた。彼らはみな、少女を厭う者たちばかりだった。

 

 

 少女には育ててもらった国への愛着があり、騎士としての忠誠があった。叛意など欠片もなかった。しかし、彼女のその美徳は彼女の過剰な強さによって晦まされていた。

 

 

 そして、計画は遂行される。

 

 

 命令によって剣を持たず、丸腰で謁見の間を訪れた少女を、騎士たちの不意打ちによる刃が貫いた。いずれも、かつては少女をかわいがった騎士たちであった。

 

 

 少女は何が起こっているのかわからないと言った表情で、無数の剣が突き刺さった自分の身体を見た。

 

 

 いくら鍛えたとて、それは少女の柔肌に過ぎない。剣もない少女に防ぐ術はなかった。剣の刺さった隙間から、少女の命が零れ落ちていく。

 

 

 こうして、勇者は自らが守った国の手によって命を奪われた。民には魔物と相討ちになったのだと伝えられ、多くの国民が涙した。

 

 

 時が過ぎた今、すでにその国の姿はない。襲来した魔物によって滅んだのである。荒廃した地に突き刺さった剣の柄で、一羽のカラスが翼を休めていた。

 

 

名もないその少女は勇者と名乗った

 

 力作をくしゃくしゃに丸められ、さらに顔面に投げつけられた少女は顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げた。

 

 

 丸められた申請書を投げつけてやろうかと思ったが、ここは我慢をするべきところだろう。迷宮に入れなくなるのはまずい。だって、お金がないのだから。

 

 

 我慢我慢と頭を冷やし、少女は投げつけたくなる欲求を耐え、丸まった紙を広げて手渡す。

 

 

 窓口の女は適当に書きなぐった紙を封筒に入れると、再び勇者の顔に投げつけてくる。そしてとっとと出ていけと追い払う仕草を再びとってきた。

 

 

 やれやれとため息を吐きながら、勇者はなんたら教会の建物を出る。その際に、入り口に置いてあったチラシを手に取った。

 

 

 要約すると、教会から許可をもらうにはギルドに所属しなければならない。ギルドから職業認定証を手に入れ、教会から探索許可証をもらうと地下迷宮を冒険できる。

 

 

 ――以上である。

 

 

 とりあえず情報を頭に入れておいて、勇者は目的地へと歩き始める。チラシに地図が載っていたので、大体の場所はわかる。

 

 

 勇者が歩いていると、若い長身の女が隣から声をかけてくる。勇者は気にしないで歩き続ける。

 

 

 ぼそぼそと語り掛けてくる女の声を無視して、さらに前進していると、正面へと回りこまれてしまった。

 

 

「その、もしよければ、私と一緒にギルドに行きませんか?」

 

 

 人の良い笑顔で提案してくる若い女。裏がありそうな感じは見受けられない。この女は見た目通りの人間のようだ。

 

 

 聞けば、彼女もギルドに申請を出しに行くところだったようだ。マタリ・アートと名乗る彼女に街の案内がてら同行する。

 

 

「そういえば、大事なことを忘れていました。あなたのお名前を聞いてもよろしいですか?」

 

 

 マタリは手を叩き、笑顔で顔を近づけてくる。勇者はさてどうするかと考える。適当な偽名を述べるか。しかしすぐに考えを改める。

 

 

「勇者よ。私の名前は勇者」

 

 

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