何度経験しても、この瞬間だけは楽しめないなぁと思う。投げつけられる罵声を、私は目を閉じて聞いていた。
私を縛りつけた十字架の足もとに、火がくべられる。油が空高らかに炎を舞わせた。
私の足を、腰を、胸を、炎が呑み込んでいく。興奮に満ちた観衆の怒号。身が焼け焦げて、肌が溶け落ち、骨の髄まで熱が染みていく。
ああ、これで何回目だろう。醜く炭化していく私を、私はどこか他人事のように眺めていた。
かつては泣き叫び、身を焦がす恐怖と苦痛に悲鳴を上げていたものの、今ではもう、慣れたもの。
今まで仲が良かった友だちが、私の燃え上がる姿を楽しそうに見つめているのも、哀しみすらも感じないくらい、経験してきた。むしろ、告発したもの彼女なのだ。
私が魔女と呼ばれるようになって、何度月が昇ったろうか。もう年を数えることすらも、気づけばしなくなっていた。
火炙りにされた回数も、もはや何百ともなるだろう。人間のやることは、いつになっても変わらない。
思い出すのは、遥か昔、同胞に言われた言葉だった。いつも黒ずくめの服を着ていることから、仲間内から「カラス」と呼ばれる男だ。
「お前、懲りねぇなぁ」
彼の嘲笑うような口調は、人の神経を逆撫でるかのようだった。彼自身も、そのことを狙っていたのかもしれない。人を小馬鹿にするのがとにかく好きな性悪だった。
「魔女様が本気を出せば、あんな連中なんて滅ぼすことすら簡単だろう。なんなら、俺が代わりにやろうか?」
「ほっといて」
彼の言葉通りだ。牢屋も手枷も、私からすれば玩具のようなもの。いくら拷問されようが、何度刑に処されようが、彼らに私の命を奪うことはできない。
逆に、私が少し力を出せば、私に罵声を浴びせる連中をナメクジに変えることすら容易い。一度もしたことはないけれど。
「どうしてお前はされるがままなんだ?」
私自身、どうしてだろうとは思う。けれど、何をされても、彼らに対する憎しみが湧いてくることはなかった。
それどころか、私は彼らに、どこか愛おしさにも似た感情を覚えていた。そのことを伝えてみると、カラスは呆れたような表情をする。
「ハァン、俺にはわからんね。あんな奴ら、愉快なオモチャ以上の何ものでもないだろうに」
彼はそれだけ言うと、黒い羽を羽ばたかせてどこかへと飛び去っていった。愛想を尽かされたのか、それ以降彼とは会っていない。
私はどうして彼らのことを、こんなにも嫌いになれないのだろう。カラスのように、彼らをオモチャのように扱おうとも思えなかった。
彼からしてみれば、私のように、人間と友だちになるなんて信じられないことなのだろう。
人間の姿で、人間に混じって生活をする。話をして、互いに仲良くなることもある。恋人を作ったこともあった。
そして、時が経つにつれて年を取らないことを不審に思われ、魔女としての告発を受け、火炙りにされる。それがいつものことだった。
そういえば、人間の友だちに、薦めてもらった本があった。たしか、タイトルは、『極星から零れた少女』。
読んでみて、気が付いた。これは、私たちの同胞が書いた本だ、と。
永遠に生き続けていた存在が、幼い人間の少女になり、短い人生を全霊で謳歌するべく必死に生きようとする。
そのストーリーは、私が知っているひとりの魔女を思い出させた。同胞たちから変わり者とされていた、人間好きの魔女。
彼女は永遠の命を捨てて、人間になったという。そして、彼女はもう、この世にはいない。
誰もが彼女のことを「愚か」だと言った。けれど、私には彼女の気持ちがわかるような気がした。
魔女は怠惰だ。永遠の命を持っているからこそ、気まぐれに人間で遊びながら、惰性に満ちた時間を送る。
私が人間たちに交じるのは、彼らに対する憧れがあるからかもしれない。彼らは有限の命だからこそ、全力で生きて、花火のように輝き、一瞬で消えていく。
私はその輝きに魅せられた。永遠の時間を過ごすより、有限だからこそ生まれる輝きに触れたいと思ったのだ。
踊るように逆巻く炎が、私の意識を飲み込んでいく。けれど、どうせ、また目覚めてしまうのだろう。そのことが恨めしい。
ああ、退屈が魔女を殺すというのなら、今すぐにでも殺してくれ。生まれ変わるのなら、有限で、愚かで、そして愛おしい人間に、私はなりたい。
充実した人生を送るために
額を何かに突かれる痛みで、思わず声を上げた。重い瞼を気合を入れて開けると、奇妙な光景が飛び込んできた。
上から吊るされた縄、ころがった椅子、そして、だらんと力なく手足をぶら下げた二つの身体。
ご機嫌に色鮮やかな赤い羽根を広げて踊り狂っている鳥。細い足を小刻みに動かして、少女の周りを挑発するように跳びはねる。
鳥はクレバーと名乗った。名乗られて、ようやくその鳥が誰だったか思い出す。
クレバーと話しながら、足元にころがっている不気味な紫色の光を放つ球体を拾う。奥に引きずり込まれそうな不吉な印象を受けるが、少女はそれを懐かしいと感じた。
首に縄で絞めつけられた痕がある。意識を失ったことが幸いし、とどめを刺されなかったのだろう。
球体から残りの記憶が流れ込んでくる。今の記憶と、昔の記憶が完全に混ざり合い、ひとつの魂へと変化する。
自分の名前はステラ・ノードゥス。雑貨屋グレンの娘。年齢十歳。ステラは愕然とする。つまり、人生の六分の一が消化済みだということだ。
ステラは大きく息を吐いてその場に倒れこんだ。魂は同じ、だが異なる記憶が混ざり合ってしまった。それは果たして私なのだろうか。
十分後、大きく伸びをした後、ステラは立ち上がった。まずは両親を片づけなければならない。
と、店の入り口の方から喧しい声とともに、扉が乱暴に開けられる音がした。
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