私はここ最近、気になる子がいる。
その子は黒髪をおさげにして眼鏡をかけた、いかにも大人しめの女の子だ。スカートの丈も私やミカとは違って校則通りの長さに整えている。
花の女子高校生だっていうのに、彼女の見た目にはちっとも花がない。地味の一言に尽きる。存在を忘れてしまうくらいに。
「でさぁ、あいつ、告白したらしいのよ」
「えー、マジでー」
私の隣でげらげら笑っているミカはパーマをかけた金髪を輝かせる美人だ。私から見ても羨ましいプロポーション。スカートは見えそうなくらい短くて、胸元のボタンを開けている。
入学以来、彼女とは親しい仲だった。私たちのグループは彼女を中心として集まっていて、女子のカーストでも一番派手で強いところである。
このグループに入れば負け組になることはない。安心な学校生活。ミカはいいやつで、楽しくないわけではない。
それなのに、どうして私はあの子なんかが気になっているのだろう。
あの子はミカとも私とも正反対の子だった。休み時間にもひとり、いつも教室の隅で何か書いている。
うっかりすれば、景色に同化して消えてしまいそうなほどの希薄な存在感。実際、多くのクラスメイト達は彼女の存在なんて意識していないだろう。
私は彼女と話してみたかった。ふたりで。どうしてかは知らないけれど、彼女には私やミカの持っていない何かがあるという漠然とした予感があったから。
しかし、機会は訪れない。私のそばにはいつだって人がいるからだ。そもそも、彼女になんて声をかけていいのかわからなかった。
果報は寝て待てとも言う。機会はある時、呆気なく訪れた。
私がミカたちに断って忘れ物を取りに教室に戻った時、彼女の机の上に開かれたままの一冊のノートがあった。
それは彼女がいつも休み時間に何か書き込んでいたノートだ。私はちらと視線を移してみる。
そこに書かれていたのは、物語のようだ。ふうん。思わず私は口の中で呟く。そうか、彼女は小説を書いているのか。
そんなことを考えてひとりで納得していたものだから、彼女が教室の入り口で固まっていることに気づかなかった。
彼女と目が合った時、私は思わず、あ、と口にしてしまった。彼女は真っ赤な顔をして俯いた。
地味なあの子のヒミツ
「進捗はどうよ?」
「ううん、微妙かな。いい展開が思い浮かばなくて」
私は彼女と喫茶店の席で向かい合って話していた。教室では笑顔を見せない彼女も、甘いアイスに舌鼓を打ってとろけた笑顔を零している。
相変わらず彼女は地味で、教室では誰とも話していない。仲の良い友達がいないからかと思っていたが、どうやらそれは意図的だったらしい。
「話しかけられると小説なんて書けないから」
と、いうのが彼女の言い分だ。彼女の中では物語を書くのが一番にあって、友達と遊ぶのは二の次らしい。
私はそれを聞いた時、女子高生らしくないなと呆れたけれど、同時に彼女らしいと思ったものだ。
彼女は部屋が妹と同じで、帰宅してから小説が書けない。だから、少ない時間をなんとかやりくりして執筆に時間をかけていたらしい。
私が彼女のノートを見てしまったとき、彼女はそれを笑われると思っていたらしい。
しかし、私は彼女にお願いして読ませてもらった。普段はあまり物語を読まないけれど、彼女の書くそれはおもしろかった。
だから、素直に感想を言ったら、彼女は驚いた表情をして恥ずかしそうに俯いた。以来、私はたまに彼女と放課後に遊びに行く。といっても、カフェで何か食べるくらいだけど。
私は彼女が大人しい地味な子だと思っていた。しかし、彼女と仲良くなってそれは違うことに気づいた。
彼女は言ってしまえば腹黒い。地味な見た目で大人しそうに見せておきながら、クラスメイトたちの様子を観察していたのだという。
そして、かなり辛辣な意見を持っていた。彼女が毒舌家だったというのは意外だ。仲良くなってからは私も随分言われた。
それでも、私が彼女を嫌いにならなかったのは、彼女に女特有の陰湿さというものがまるでなかったからだろう。腹黒いけれど、直接私に言ってくるあたりなんか特に。
逆に、彼女は私のことを、よくあるギャルや不良と同じ印象を持っていたらしい。まあ、妥当なところだろうか。
だから、私が彼女の物語を面白いと言った時、心底意外に思えたのだという。それが今ではこうして笑い合う仲になるとは誰が想像できようか。
私たちは見た目で判断することが多い。どんな人間か。でも、それはその人の一部分でしかないのだと改めて気づかされる。
見た目から一歩先に進んでみれば、思ってもみなかったものが飛び出してくることもある。何が出てくるかわからないそれはまるで宝箱を開ける時のようだ。
彼女が貸してくれた『マリエル・クララックの婚約』のヒロイン、マリエル。私はなんだか彼女と似ているなと思った。
私たちは箱だけを見て中身を想像する。だけど、勇気を出して開けて見なければ、その中に何が入っているのかはいつまで経ってもわからないのだ。
ヒミツを抱えた地味な令嬢と近衛騎士副長の探り合いラブコメディ
十五で社交界に出てから三年、とうとうわたしにも縁談がやってきた。お父様があらゆるツテやコネを駆使して獲得してくれた話だ。
うちは特別羽振りが良くもなければ悪くもない。世渡り上手と周りからは評価されている、きれいに真ん中あたりの家柄だ。
そんなお父様が見つけてきたお相手は、わたしにはもったいないほどの特上物件だった。
近衛騎士団副団長、シメオン・フロベール様。端麗な容姿、由緒あるフロベール家の嫡男、騎士としての優秀さ、あらゆる面で注目されている方だ。
彼との婚約は、周りの令嬢たちからそれはうらやましがられ、そして妬まれた。皮肉や厭味も山ほど聞かされた。
当然だ、特別な家柄でもなく、わたし自身は地味で目立たない。あまりに不釣り合いな縁組を素直に祝福してくれる人の方が珍しい。
だからこんな目に遭うこともある。御不浄で化粧直しを済ませ、外に出ようと扉に手を掛けたところで、首を傾げる。扉が開かないのだ。
わたしは肩を竦め、窓へ向かった。扉をふさいだって、部屋には大きな窓もある。出入りには不自由しない。
邪魔なドレスの裾を鷲掴みにし、窓枠に足をかけて、わたしは夜の庭へ下り立った。
広間へ戻るべく、わたしは庭を歩いた。入り口を探して建物の壁沿いに歩く。ふと、人の気配を感じた気がして私は足を止めた。
言い争う声が聞こえる。もめ事のようだ。私は素早くその場を退避し、石を拾い上げて手近な窓に投げつける。
一番にやってきた騎士にすがりつく。やがて、シメオン様もやってきた。争っていた二人はその場から立ち去ったらしい。
この出来事でわたしが精神的に参ったかというとそんなわけでもない。むしろ、いいネタを手に入れることが出来てご満悦だった。
わたしのひそかな職業。それは小説家。上流から中流の女性たちに広く親しまれる、恋愛物語を書くのがお仕事だ。
しかし、世間では女性が本を書くことを蔑視する見方がある。シメオン様がそういうタイプであったなら、作家活動がバレると破談になる可能性がある。
だから、私はこの仕事がバレるわけにはいかなかった。シメオン様の美しい顔を見て萌えるためにも。
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