「打ち上げ花火を横から見ると平べったいと思う?」
「そんなわけないじゃん。マルだよ、マル。というか、なんかそういう映画、あったよね。なんてタイトルだったかな」
ああ、そうだ。『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』とかいったっけ。話題になったのと、印象の強いタイトルのおかげですぐに思い出せた。
「マル、か。まあ、そりゃあ、そうだ。普通に考えれば。でも、僕は平べったい花火でもいいと思うんだよね」
「どういうこと?」
「そんな花火だって、見てみたいなってことだよ。僕たちの知ってる常識がちょっとおかしいような、そんな世界で」
「……ねぇ、昨日、映画とか見た?」
「バレたか」
やっぱりね。私は呆れた顔で彼を見た。何の映画を見たかなんて、聞かずともわかる。彼の会話からそのタイトルを思い出したのはたしかだし。
「いやぁ、話題になっていた時は見てなくてさ。初めて見たんだけど、おもしろくてね」
「そう? 私はなんだか、よくわからなかったな」
中学生の典道は、クラスメイトのなずなのことが気になっていた。でも、実は彼女、別のところに引っ越すことになっている。
典道はその日の朝、海辺にいる彼女の後ろ姿を見ていたんだ。彼女は、不思議な玉を拾っていた。
この玉は不思議な玉で、「もしも」を叫びながら投げると、時間が巻き戻ってその時間になる。なんて、言ってもよくわからないような気がするけれど。
つまり、時間が巻き戻るのだ。周りの人たちは何も覚えていなくて、本人はうっすらと覚えている。だから、過ぎ去ってしまった過去を、やり直すことができる。
この玉を偶然手にした典道は、なずなといっしょにいることのできる世界を求めて、何度も過去をやり直す。
けれど、実はこの玉は、ただ時間を巻き戻すというわけじゃない。世界を、ちょっとだけ変えてしまうんだ。
三角だったはずのスイカバーが円柱型になったり。横から見た花火が平べったくなったり。
典道は、果たしてなずなといっしょにいる未来を掴み取ることができるのか。そんなストーリーだった気がする。
「なんだ、よくわからなかった、なんて言ったけれど、わかってるじゃん」
「大まかなストーリーはね」
そもそも、ちょっと謎が多い設定だった。電車が水の上を走ってたり。いや、ロマンがあって好きだけどさ。
この映画に実際のところ、否定意見が多いのも、「よくわからない」というところらしい。
独特な表現方法や演出も、否定意見の呼び水になっちゃっているみたいだ。私は好きなんだけどね、ああいう面白い見せ方は。
でも、それ以上に私が気になったのは、典道と彼の友だちだった。なんか、好きになれなかったのだ。
先生にセクハラまがいのことをしているシーンもある。祐介も約束をすっぽかしているし、ちょっと見ている側としてはいい気分じゃなかった。
それに、典道の優柔不断な態度もモヤッとする。もっとちゃんとしてほしい。クラスの子たちとなずなとの約束を危うくダブルブッキングさせるところだったのも。
「いやいや、あのもどかしさがいいんじゃないか。彼らは中学生だろ。女子と話すのも恥ずかしくなってくる頃だ。友達がいたらなおさらだな」
ああ、なるほど、「青春」を感じるのか、あの態度からは。そう聞かされると、たしかに、と頷ける。
「でも、こうして意見を交わすのはおもしろいな。その人だけの、いろんな考え方があるだろうし」
「そうだね」
「ネットの意見だけに任せず、やっぱり自分の目で見て、自分自身の感想を抱くのが大事。勉強になったよ」
「うん」
私が頷くと、彼はどこか、奇妙な態度をとった。どこか所在なげに、人差し指で頬をかいている。
「ところで、さ」
「なに?」
「検証してみない? 打ち上げ花火を横から見た時、本当に丸いのか」
ほら、今夜、花火大会があるし。彼は何かを弁解するような慌てた口調で、続けた。ああ、これが、この作品の話を振ってきた本当の理由ね。
「いいよ。行こうか」
私が頷くと、彼は言葉を止めて呆けたような表情をした後、満面の笑みを浮かべた。
喜ぶ彼を見て思う。ようするに、実際に見てみないとわからないのだ。どんなことも。作品を見るのも、打ち上げ花火を見るのも、彼と一緒に出かけるのも。
現実はやり直すことなんてできない。花火はきっと丸いだろう。時間を戻す玉なんて存在しない。
でも、もしも、それがあったなら。ありえないような「もしも」を考えるのも、きっと楽しいことに違いない。
彼女と一緒にいられる世界に
子どもの時は、水中で目が開けられた。水中メガネやゴーグルなんてなくても、何もかもがハッキリと見えたんだ。
大小さまざまな水泡が、目の前を浮き沈みながら小さく弾ける。それはまるで、音のない花火みたいだった。
このまま息が続けば、水の中を通って、どこか別の世界に行けるんじゃないかと思った。でも、苦しくなってプールから顔を出すと、真っ青な空と白い雲が。
無音の世界から、学校のチャイムの音や、蝉がやかましく鳴く現実の世界へ。世界はひとつしかない。当たり前のことだ。
でも、あの夏。オレはたしかに、もうひとつの……いや、ひとつじゃない。アイツと一緒に、いくつもの”もしもの世界”を体験したんだ。
風力発電のプロペラ、灯台の光、海沿いの線路、壁の塗装があちこち剥げ落ちたプール。
頭に浮かぶすべての景色にたたずんでいるのは、アイツの姿だ。制服で海を見つめる後ろ姿、夕陽を背に浴衣姿でオレを見つめる目。そして、アイツの泣き叫ぶ声。
あの時、たしかに体験した”いくつもの世界”の中で、歪んだ景色が見える。ひずんだ音や声が聞こえる。
アイツの名前は、なずな。もし……あの時、オレが……もし……あの時、なずなが……もしも……あの時に戻れたら……。
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