「本物と、それとまったく同じ、区別もつかないような偽物があったとしたら、どちらのほうが価値があると思う?」
彼女は首を傾けて私たちに問いかけた。いつものことながら唐突だけれど、これが彼女のいつも通りだった。
最初に答えを出したのは、私の隣に座る彼だった。彼はいかにも自信ありげに答える。
「んなもん、決まってるだろ。本物だ」
「どうして?」
彼女がそう聞くと、彼はどうしてこんな簡単なことがわからないのかと言わんばかりの態度で、呆れながら答えた。
「決まってんだろ。本物の宝石と偽物の宝石が並んでたとするなら、誰だって本物を取るに決まってるだろうが」
「その二つは外見上にも素材的にも、一切の差がないのに?」
揺さぶるような彼女の問いかけにも、彼は揺るがない。毅然と胸を張って頷く姿は、いかにも説得力があり、力強い。
「当たり前だ。どれだけそっくりだろうが、本質は変わらない。偽物は本物ありき、だろ。本物がなければ偽物は存在すらできねぇ」
「なるほど、ね」
彼女も彼の言い分に頷いている。私はふむと呟いた。たしかに、本質を重んじる彼らしい解答だ。彼女の視線が私に向く。
「君も、彼と同じ考えかな?」
私は首を横に振る。彼が少しむっとしたように目を細めた。彼女は視線で続けてくれと先を促す。
「本物も、偽物も同じ価値で、両者に価値の差がない。それが私の答えだね」
「ほう、それはまた、どうして?」
「本物と偽物はまったく区別がつかないほど同じ。だったら、それらの価値に差はつかない。そう考えるのは、おかしいのかな」
「おかしいだろうよ」
彼がそう反論する。まあ、私の意見が彼には不服なのはおおよそわかっていたことだった。
「君のたとえで言うなら、ここに本物と偽物の宝石があるとしよう。それで、君は本物を取るだろうと、そう言ったね」
「ああ。それとも、なんだ。お前は偽物を取るとでも」
「そうは言わないけど。じゃあ、君はその宝石のどっちが本物か、どうしてわかる?」
私が聞くと、彼が言葉に詰まった。当然だろう、だって、その宝石は区別もつかないのだから。
「それを見分けることはできない。だったら、自分が手に取った宝石が本物だと思い込むしかないよね」
たとえ、それが偽物だとしても。
「誰にも、それが本物か、偽物か、なんてたしかめることもできない。だから、本物も、偽物も、思い込みによって本物になる」
だから、二つの価値に差なんてない。なんてのは、どうかな。私が彼女に聞いてみると、彼女は反芻するように目を閉じて、なるほど、と呟いた。
偽物の価値
「そもそも、この問いは西尾維新先生の『偽物語』で出てきた問いかけなんだけれどね」
本物と、それとまったく同じ偽物、どちらのほうが価値があるか。
「私は、その中のひとつの答えが好きなんだよね。だから、君たちにも出してみた」
もちろん、二人の答えも納得できる部分はあったし、嫌いではないんだけれど、ね。彼女はいたずらげに笑ってそう言った。
「へえ、じゃあ、その答えってのは、どんなのなんだ?」
「『偽物の方がずっと価値がある』って答えだね」
そこに本物になろうという意志があるだけ、偽物の方が圧倒的に価値がある、なんて。彼女から聞かされた答えに、私と彼は思わず脱力した。
「なんだと思えば、精神的なことかよ」
「でも、素敵じゃない」
脱力する私たちを見て、彼女は笑った。要するにさ。
「価値を決めるのは、内面だってことでしょ。つまりは」
本物になりたい偽物たちの青春
上の妹、阿良々木火燐。中学三年生。小学生の頃から、髪型はおおむね、ポニーテイルで通している。
造形は、ありていに言って可愛くない。むしろ格好いい。火燐は僕より微妙に背が高い。格闘技に手を出しているので姿勢がよく、体感で五センチは高く見えてしまう。
そんな理由もあって、彼女は絶対にスカートを穿かない。いつもだるんだるんのジャージを着て学校に行くのだった。
手を出している格闘技とは空手である。子どもの頃から運動が得意な活発な奴ではあったが、あっという間に黒帯を取った。
あんまりオンナノコという感じではない。男勝りとまでは言わないが、攻撃的な吊り目も手伝って、どこかボーイッシュなのだ。
続いて下の妹、阿良々木月火。中学二年生、姉の火燐と違い、髪型は気分と時期によってころころ変える。
火燐はなんというか、外見通りの中身なのだが、月火は外見が中身を裏切っている。
姉とは対照的な大人しげなたれ目、小柄な体躯、それにゆっくりとした口調はいかにも女子女子しているが、内面は火燐以上に攻撃的で、しかも怒りっぽい。
そんな風に、ひとりいるだけでも十分手に負えない妹が、こともあろうに二人もいるのだ、これはもう手どころか足にも背にも負いようがない。
暴れたがりの上の妹に、何にでも暴れる理由を見出してしまう下の妹――彼女たちが栂の木中のファイヤーシスターズと呼ばれる所以である。
阿良々木火燐が実践担当で、月火が参謀担当。そんな感じで、二人は正義の味方ごっこを日常的に繰り返しているのだそうだ。
そんなことを彼女たちに言えば、「正義の味方じゃなくて正義そのものだよ」と言ってくるに決まっている。
しかし僕は身内として断言できる。
阿良々木火燐と阿良々木月火。彼女たち、ファイヤーシスターズの行為は、やはり正義の味方ごっこでしかないのだと。
僕の自慢の妹たち。お前たちは、どうしようもなく偽物なのだと。
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