真夏日のある日に起こったひとつの事件『カゲロウデイズ』じん(自然の敵P)


 あの日、私は囚われてしまった。この、茹だるような日差しが強く照り付ける暑い夏の日に。

 

 

 そのことに気がついたのは朝、目覚まし時計の叫び声で目が覚めて、夢の余韻に曇った頭を晴らしながら、時計の電子板を見つめた時だった。

 

 

 そこに映る数字に違和感を覚える。恥ずかしげもなく堂々と記されているその日付は、昨日の日付ではなかったか。

 

 

 すわ故障かとも思ったけれど、秒を刻む時計は正確に進んでいる。きっと日付がズレたのだろう、と結論付けて朝からうんざりしながら朝の準備を始めた。

 

 

 階下に行くと、妹が何やら騒いでいた。どうやら、制服にシミが残っていたらしい。

 

 

 昨日も同じことで騒いでいたのを、私はたしかに覚えていたから、またかと笑ったら、不思議な顔をされた。ふと、ここで違和感が膨らんでくる。

 

 

 母が出す朝食は、昨日の何もかもが同じだった。同じメニューが連続することなんて、食事バランスを気にする母にしては珍しい。

 

 

 私が「昨日もこのメニューだったっけ」と聞くと、母は笑って、違うと答えた。母が答えたメニューは、私の思う一昨日の朝食だったはずだ。

 

 

 目覚まし時計の電子板。妹の制服のシミ。朝食のメニュー。私の中で、いろんなことがパズルのピースのように合わさっていく。

 

 

 ああ、そうか。私はまた、繰り返したのか。私は呆然と、そんなことを思った。

 

 

 始まりがいつだったのか、私にはもうわからない。けれど、気がついた時には、私の時間はその日から進まなくなっていた。

 

 

 夜を経て、朝になると、再びその日になる。私以外の誰もがいつも同じことを繰り返していて、そのことに何の疑問も抱いていない。

 

 

 当然だ、彼らはいつも通りの日々を過ごしているだけなのだから。私だけが、その時間に置いていかれているのだ。

 

 

 ああ、ここで白い猫が横切る。横切っていく猫の姿を、当然のように視線で追いかける。先生の板書なんて、もう何百と書いたのだから、もう見なくてもかけるほどだ。

 

 

 見たもの。聞いたもの。過去に体験してきた何百、何千にもおよぶかもしれない同じ日々の繰り返しの記憶を、私だけがどういうわけか持っていたのだ。

 

 

 じん先生の『カゲロウデイズ』という作品を思い出す。延々と繰り返される8月15日。終わりのない世界。

 

 

 終わらせる方法を、私は知っている。誰もが認めるくらいには確実で、けれど、あまり気の進まない方法を。

 

 

 ああ、私はまた先延ばしにした。明日また、変わらない今日が始まる。だから、それまでおやすみなさい。良い夢を。

 

 

永遠を終わらせる方法

 

 未来が読める、というのはこういうことを言うのだろうか。この先、何が起こるのか、誰が何を言うのか、私にはわかるのだ。今日に限り。

 

 

 放課後の帰り道。今、私と話している彼女は事故に遭う。笑う彼女はそんなことは知らないけれど、私だけは知っていた。

 

 

 それは、ありふれた言葉で言うならば、いわゆる運命というものなのだろう。決して変えられない、決められたこと。

 

 

 もちろん、最初は彼女を助けようとした。何度も、何度も。けれど、車の事故を防いでも、必ず何かしらの事故が彼女の身に降りかかるのだ。

 

 

 彼女の身体が大きく飛ばされる瞬間を、ひとつの命が散らされる瞬間を、私は何度もこの目で見てきた。自分では何もできないということを思い知らされながら。

 

 

 何度も繰り返される同じ時間の中で、私はその瞬間を見るのに、何も感じることがなくなった。悲しみも、苦痛も。なにひとつ。

 

 

 私はただの光景として、親友の最期を眺めていたのだ。電信柱や、行き交う人々と同じようなものとして。

 

 

 きっと、私はもう壊れてしまったのだろう。もはや、嫌だとも辛いとも感じない。ただ、生きている。それだけだった。

 

 

 だから、それはほんの出来心だった。彼女と、歩く場所を変えるだけ。その先に待っているものを知りながらも、決して足を止めることはなかった。

 

 

 これでようやく、解放される。彼女の悲鳴と泣き顔を眺めながら、私の長かった夏の日は、ようやく終わりを告げた。

 

 

彼らの名は、メカクシ団!

 

 真夏日。オレは自宅警備員として、同人音楽制作をしていた。もう二年になる。ちなみに作品はまだない。

 

 

 日頃はものの数十分で批判コメント職人として邁進していたが、今日は珍しくやる気に満ちていた。しかし、先ほどから作業を妨害する存在がディスプレイの中でちょろちょろしている。

 

 

 一年くらい前に届いた送信者不明の謎のメール。メールの添付データに潜んでいたこいつはオレのパソコンに侵入するや否や、一瞬で端末内のすべてを占拠してしまった。

 

 

 青い髪をツインテールにまとめた美少女。その姿に最初は「かわいい」などと思ってしまった。そんな時期もあった。ええ、ありましたとも。

 

 

 しかし、一週間もすると慣れてきたのか、作業妨害やあからさまな嫌がらせが始まった。デリートしても、次の瞬間には何事もなかったかのようにディスプレイを占拠している。

 

 

 今も、順調に進んでいた歌詞データが勝手に保存もされないままウィンドウが閉じられた。頭を抱え込んだまま机に伏せようとした瞬間、肘に嫌な感触が当たる。

 

 

 ――キーボードとマウスに飲みかけの炭酸飲料が注がれていた。慌ててティッシュで拭き取るが、キーボードもマウスも作動しなくなっていた。

 

 

 通販サイトはお盆で休み。頼んでも二日は届かない。オレの身体は二日もパソコンの前に座らないなんて耐えられない。生き残るためのはこうするしかなかった。

 

 

 クローゼットを開けて、着替える。準備を整え、大きく深呼吸をし、ドアに手を掛けた瞬間、呼び止められた。

 

 

 連れていけと言うのである。そいつは笑顔で小さいタンスを指差した。その上には埃を被った、タッチパネル式の携帯電話が置かれていた。

 

 

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