私たちの婚約は利害の一致と我が子への愛を果たす親同士の握手によって結ばれた。
「うちの息子とおたくの娘、当人たちも気が合っているようですし、婚約させましょうか」
「いいですなあ」
そんな感じで私たちの婚約は決まった。我が子と言うならば、その将来を、そんなに軽く決めないでほしい。
あの頃、婚約の意味も知らず無邪気に遊んでいた私と彼は、本当に幼い子どもだったなと思う。
こうして本人すら知らない頃に結ばれた婚約は、成長して本人たちがその意味を理解しても、結ばれたまま何年も経った。
あの頃にはころころとした子どもだった私たちも、今では誰からも羨望されるような立派な紳士淑女となっている。
彼は、いい人だと思う。なにせ、子どもの頃からの付き合いだ。彼がどれだけいい人かということなんて、私より詳しい人はいないだろう。
しかし、だからこそ、というべきだろうか、私は彼に対して、恋心を抱くことがどうしてもできなかった。
きっと、近くにいすぎたのだろう。私はもう、彼を恋愛の相手として見ることはできなかった。そして、それは彼も同じなのだろうということがわかる。
誰もが私たちのことを理想的な二人というけれど、他ならぬ私たち自身がそうでないことを知っているのだ。
私も、彼も、互いに婚約者のことを良き友人として見ていた。友人としてならば、この人以上の存在はいないだろう、と。
しかし、私たちが想いを寄せるのはいつだって別の男性、別の女性だった。その不実な想いに頭を悩ませたのも、今ではいい思い出だ。
その悩みを他ならぬ婚約者に相談したのは、自分たちのことながらどうかとは思うけれど。とはいえ、彼からも同じことされたし。
私たちの関係が他から見て婚約者、私たち自身は良き友人として変わらないまま、私たちは大人になった。
周りの人たちは私たちに対して執拗に結婚を勧めてくる。私も彼も適齢期、こうなるのは当然だった。
私も一度は恋愛というものをしてみたかった。けれど、どうやら、それは叶わないらしい。
そんな諦めとともに彼との結婚を待っていた頃のことだった。彼が別の女性に心を奪われたのは。
想うがゆえに
「君との婚約を破棄させてもらう!」
声高々に私に向けて言い放った彼の言葉が頭の中で思い出される。バカな人だ。私は心からそう思った。
私ではなく別の女性を選ぼうとした彼に、私が悲しく思うよりも早く、私と彼の親が激怒した。
当然だ。婚約とはつまりは家と家との契約みたいなもので、本人の意思だけでどうこうできるものじゃない。
彼はそれを勝手に自分の都合だけで反故にしてしまった。
その後の展開は、なんともあっけないものである。彼との婚約は破棄されて、彼は家を追い出されました。はい、終わり。
地位を失った彼はそうまでして求めた女性にも捨てられ、彼は私の前から姿を消した。もう会うこともないだろう。
彼の本当の想いを知っていたのは私だけだろう。彼は隠そうとしていたみたいで、事実、他の誰もが騙されていたけれど、私からしてみれば下手な演技だった。
彼はその女性を愛していたわけでもない。そして、その優しい性根が変わったわけでもない。
思慮深く誠実だった彼があんなことをしてしまったのは、私のためだった。私との婚約を破棄するためだった。
彼は私が別の男性に想いを寄せていることを知っていたのだろう。そして、その恋を諦めようとしていることも。
だから、彼は目前にまで迫っていた婚約を破棄することを考えた。自分の地位を犠牲にして。
バカな男だ。本当に。私は愛しい人の腕に抱かれて、幸せに浸るために目を閉じる。一粒の雫が私の頬を伝って、足元に小さな染みを作った。
仲の良い婚約者同士が婚約破棄を目指すラブコメディ
「リーズリット、君との婚約は破棄させてもらう」
幼馴染で婚約者のハインリヒに告げられ、リーズリットはあまりの衝撃に顔色を青ざめさせよろめき……はせず、固く彼の手を握り締めた。
「やっぱり気が合うわねハインリヒ、私も婚約を破棄したかったのよ!」
フィシャル家の令嬢リーズリットは、誰もが羨む美貌の持ち主である。スレンダーで華奢な身体は儚げな印象を与え、誰もが愛しさを覚えていた。
そんなリーズリットの婚約者は、フィシャル家に並ぶボドレール家のハインリヒ。しなやかな体つきが魅力の美丈夫。
まさに美男美女の二人は並ぶと絵画のように美しく、仲睦まじく話す姿に周囲は表情を綻ばせて見守っていた。
麗しく初々しい仲睦まじさを見せつつも、視線を交わすだけで意思の疎通が図れるのだ。熟年夫婦のようにお互いを知り尽くしている。知り尽くし過ぎている。
ハインリヒは肉付きが良くてグラマラスな体型の女性が好きだった。スレンダーなリーズリットの体型は豊満とは誇れない。
対して、リーズリットは鍛え上げられた筋肉質のゴリラみたいな男性が好きだった。ハインリヒの精悍な顔つきに男らしさはあるが、かといって男臭さはない。
つまるところ、二人は互いを深く知り、そして深く知っているからこそ、己が相手の好みではないということもわかっているのだ。
だが、世間はそんな二人の機微に疎く、リーズリットとハインリヒを『結ばれるべくして結ばれた相思相愛の二人』と決めつけ、疑おうとしないのだ。
いかに二人が「相手は好みじゃない」と訴えようと、誰も聞く耳を持たない。それどころか照れ隠しだのと決めつけ、余計に暖かく見守ってくる。
「リーズリット、俺と手を組んで、俺たちの婚約を破談させようじゃないか!」
ガタと勢いよく立ち上がり拳を握り締め訴えるハインリヒに、リーズリットもまた彼を追うように椅子から立ち上がった。
「やっぱりハインリヒは私を一番理解してくれてるわね。婚約者が貴方で良かったわ!」
「俺も、君が俺の一番の理解者であり婚約者で良かったと思ってる」
そう互いに微笑み頷き合う。それどころか再び固く手を握り締め合った。
「だからこそ、この婚約を破談させよう!」
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