二人だけの聖騎士団が魔物との戦いの末に仲間を得るファンタジー『ふたりぼっちの聖騎士団』さき


 私はふと、疑問に思った。どうして彼女のことが嫌いでないのに彼女のことをいじめなければならないのだろう、と。

 

 

「そんなのは決まってるじゃないですか。そういうことになっているからですよ」

 

 

 先生に訊いてみたら、先生はそう答えてくれた。なるほど、と思ったけれど、私の心には疑問符が消えてはいなかった。

 

 

 『クラスメイトのひとりをいじめる』。それがこの学校で昔から決まっているルールのひとつだ。

 

 

 私たちのクラスで選ばれたのは、大人しそうな女の子だった。名前は憶えていない。彼女の名前を聞いたのは、入学式の時に呼ばれた一回きりだった。

 

 

 クラス分けされて、先生からそのルールの説明をされて、彼女が任命されて以来、彼女は『それ』としか呼ばれなくなった。

 

 

 親も、先生も、クラスメイトも、みんなそのルールが当然のことだと思っているようだった。だから、誰も彼女を助けようとしなかったし、誰もが彼女をいじめていた。

 

 

 なぜなら、それが伝統だから。大人たちは口々にそう言った。ずっと昔から学校ではそのルールを定めてきた。だから、それを続けているだけなのだと。

 

 

「だめでしょう。隠すならもっとちゃんと隠しなさい」

 

 

 いじめろと言われたから仕方なく彼女の上履きを傘立ての後ろにでも置こうとしたのだけれど、先生に怒られた。

 

 

 そうして先生は、ここなら見つからないわよとか言いながら、彼女の上履きを 女子トイレの便器の中に放り込んだ。

 

 

 私はその光景を見ると、やっぱりどうしてだか疑問が浮かんで、けれどその正体もわからずに首を傾げることになるのだった。

 

 

 先生が言うのだから、それはきっと正しい。でも、『いじめはしちゃだめよ』と怒られることもある。じゃあ、どうして彼女にだけはいいのだろう。

 

 

 選ばれたから仕方がない。そういうものだから。ずっとしてきたことだから。それが伝統なのよ。大人たちの言葉が、どこかからっぽの部屋に響くような。

 

 

 何かがおかしい。誰も、このことをおかしいのだと思わないことがおかしい。それとも、私がおかしくなったのだろうか。

 

 

 私にその疑問の答えを教えてくれたのは、『ふたりぼっちの聖騎士団』という作品だった。

 

 

 それでようやく、私の目は覚めたのだ。みんなが『それ』と呼んでいる女の子も、ひとりの人間だということを。

 

 

 『ふたりぼっちの聖騎士団』の舞台となっている世界は、かつて魔物に脅かされていた。

 

 

 けれど、その魔物に対して強大な力を発揮できる聖武器を持った聖騎士団によって、魔物たちは次々に倒されていく。

 

 

 そして、とうとう彼らは魔王みたいな存在を打ち倒し、世界に平和が戻った。聖騎士は名誉ある称号として、聖武器を継ぐ家に受け継がれるようになった。

 

 

 けれど、魔物がいなくなったことで、聖騎士はやることがなくなった。名誉ある称号だったはずの聖騎士は、役立たずの道化として蔑まれるようになっていった。

 

 

 それにともなうように聖武器は力を失って、力を失った聖武器の家系は聖騎士の称号からようやく解放される。そんな形に歪んでいった。

 

 

 そして、最後に残った聖騎士は二人だけ。団長のヴィグとアラン。彼らは蔑まれ、いじめられ、辛い日々を送っていた。

 

 

 彼らは何も悪いことなんてしていなかった。それなのに、嫌な役を無理やり押しつけられて、いじめられているのだ。それはまるで、あの子を見ているかのようだった。

 

 

 それが伝統だから。みんながやっているから。そんな理由だけで誰かを傷つけるのは、本当に正しいことなのだろうか。

 

 

 みんなからいじめられているアランとヴィグには、仲良くしてくれている相手がいた。魔物のデルドアとロッカだ。

 

 

 彼らは魔物だから人間の慣習には従う必要がなくて、だからこそ、二人と仲良くしていた。そして、彼らがいたからこそ、アランとヴィグは救われたのだ。

 

 

 私もなれるだろうか。デルドアとロッカみたいに。自分の思うように、自分のやりたいことができる自分に。

 

 

 にやにや笑いながら出ていくクラスメイトたちを見て、私は決めた。勇気を振り絞ってみることにしてみよう、と。

 

 

「はい、これで拭いて」

 

 

 私はこっそりと、校舎裏で雨も降っていないのにびしょ濡れになっていた彼女にハンカチを差し出した。

 

 

 前髪から汚れた水が落ちている。雑巾を絞った水をかけられたのだろう。彼女は私を見て、きょとんとした表情をした。

 

 

「どうして私をいじめないの? 先生に怒られちゃうよ」

 

 

 彼女はハンカチを受け取ることなく、その場から去って、翌日、私は先生から怒られることになった。彼女が先生に告げ口をしたのだ。私が優しくしたのだと。

 

 

 やっぱり、私が間違えていたのだろうか。私はまたわからなくなった。もう、何もわからなくなった。

 

 

聖騎士団はふたりだけだった

 

 かつてこの世界は魔物が蔓延る混沌の世界だった。人々は魔物の力に抗う術もなく、恐怖の中に生まれ、屈辱とともに生きる。

 

 

 そんな長く暗い時代を経て、ついに人々に一筋の光が差し込んだ。聖騎士団。魔物を退ける聖武器を手にした彼らの姿に、人々は希望を見出した。

 

 

 そうして、長く激しい戦いの末、ついに聖騎士団は魔物を統べる王を打ち倒す。聖騎士団は平和と正義の象徴とされ、称号は聖武器とともに受け継がれていった。

 

 

 もう千年以上昔の話だ。

 

 

 アランとヴィグは聖騎士である。かつて魔物を倒す力を持つ聖武器を手に戦った英雄の末裔であり、代々受け継がれている聖武器の保持者。

 

 

 そんな二人の今日の任務は、森の中での害虫駆除とハイキングコースの下見だった。どうしてかといえば、ひとえに聖騎士が廃れたからである。

 

 

 聖騎士団は魔を統べる者を倒し、世界に平和の光をもたらした。その後、各地に残った魔物を退治し、そしてやることがなくなったのだ。

 

 

 聖武器も一つ、また一つと力を失い、それに合わせて各家も聖騎士の称号を返還し、聖騎士団を去っていった。その結果、現在残されたのがコートレス家とロブスワーク家である。

 

 

 両家とも歴史ある称号を勝手に変換することもできず、かといって聖騎士の名を誇ることもできず、アランとヴィグに押しつけて今に至る。

 

 

 立ち入り禁止区域を設けて、聖騎士二人が駆り出されたのは、つまり押しつけられたのだ。

 

 

 そんな二人が揃えたように同じ方向に視線を向けたのは、立ち入り禁止区域のはずが自分たち以外の話し声が聞こえた身体。

 

 

 草葉が揺れ、そこから出てきたのは、嬉しそうにバスケットを振り回す美少女と、随分落ち着いた態度の男。

 

 

 そんな二人の登場にヴィグとアランが顔を見合わせ、これもまた慣れたものだと肩を竦め合った。

 

 

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