世界の危機に田舎の一家が立ち向かう『サマーウォーズ』岩井恭平


 そんな得体の知れないもんなんざ信用できるか。祖父の口癖だった言葉を思い出す。

 

 

 祖父はいわゆる古い考え方の人間で、生涯を通して携帯電話ひとつすらも持つことはなかった。

 

 

 今やどこもかしこもAIによって管理されている社会において、その考えはあまりにも時代遅れだった。

 

 

 私の父はそんな祖父を嫌って家を出て、当てつけのようにIT企業に就職している。

 

 

 だから、私が祖父のことを慕ってよく遊びに行くのが、父は少し不満だったらしい。それでも、父が許したのは、妻を亡くしてひとりで暮らす祖父のことが内心気になっていたのだろう。

 

 

 私は若者らしく、それなりに時代の流行には乗っかっていると自分では思っている。スマホの文字を打つのが早いのは私の自慢のひとつだ。

 

 

 しかし、祖父の前では使わないように気をつけていた。電源を切って、通知音すらしないようにしている。

 

 

 というのも、私がスマホを使っていると、普段は温和で優しい祖父が、まるで人が変わったかのように怒り出すからだ。

 

 

 そんなことすらも、今となっては懐かしい思い出として私の胸の中でセピア色に染まっている。

 

 

 大好きだった祖父が亡くなったのは一年前のことである。伝えてくれたのは祖父とも親交のあった隣人だった。

 

 

 野菜のおすそ分けをしようと訪ねた時には、眠るように亡くなっていたらしい。それで、慌てて父に連絡をくれたということだ。

 

 

 祖父は田舎の家で、ただのひとりで、誰にも気づかれずひっそりと亡くなった。私も父も、最期を看取ることすらできなかった。

 

 

 葬式の最中、父は「だから医療AIを使えとあれほど言ったのに」と悲しそうな目で言っていた。

 

 

 現代社会は最新の技術によって支えられている。今や、それに一切触れないように生きていくことすら難しいほどだ。

 

 

 最新技術を厭うというのは、それはつまり、社会から距離を置くことと同じだった。祖父ほどの機器嫌いは田舎ですらも奇矯扱いを受けていた。

 

 

 でも、今にして思えば、祖父はこんな未来を予期していたからこそ、AIを嫌っていたのかもしれない。

 

 

 そんな得体の知れないもんなんざ信用できるか。それははたして、性質の悪い預言か、それとも警鐘だったのだろうか。

 

 

 けれども、それを確かめることはもう、遅すぎたのだ。

 

 

AIの進化がもたらすもの

 

 今の世の中は次々と開発されるAIによって回っている。人間の仕事は一部の芸術職や表現職に限られ、多くの仕事から人間の手が外された。

 

 

 一時はAIに仕事を奪われた人たちが抗議活動を発起し、社会が不安定になったものの、今ではある程度の落ち着きを取り戻している。

 

 

 抗議活動も散発的になった。AIによって回される社会に、適応できてきたということだろう。

 

 

 しかし、そんな折に起こったのが今回の事件である。

 

 

 きっかけはとある企業のAIの不具合だった。その不具合の影響はあまりにも小さなものだったために見逃され、そのために次第に大きくなった。

 

 

 気づいた頃には修正が困難な段階にまで事態は悪化していた。社会の根幹を担っていたAIが一斉に停止し、結果として社会の機構そのものが止まってしまったのだ。

 

 

 いつまで経っても動かない電車に女子高生が文句を言っている。街は閑散としていて、人も少ない。

 

 

 こんなものにいつまでも頼っていると、人間は駄目になる。人間にはもっと力があるはずなんだ。それを、こいつらは奪ってしまう。

 

 

 祖父の言葉が脳裏に浮かぶ。今に至って、時代遅れだと煩わしく感じていたその言葉が真実味を帯びていた。

 

 

 連絡手段。労働力。育児。医療。ショッピング。飲食。技術の発展につれて利便性が増していき、私たちは全てをAIに任せるようになった。

 

 

 しかし、それは依存だった。AIが機能しなくなれば、私たちは何もできない。全てをAIに任せた代償として、何もできなくなってしまったのだ。

 

 

 緩やかに訪れている未曽有の危機。誰もがそれを感じながらも、動くことができない。私たちは利便性を希求しすぎた結果、生きていく力を失ったのである。

 

 

 祖父と社会、どちらが正しかったのか。きっと、どちらも正しくて、どちらも間違っていたのだと思う。

 

 

 時代はどうしたって進んでいく。それは決して悪いことではないだろう。

 

 

 しかし、機械化していく社会の中で、私たちまでもが人間であることを忘れたことが、きっと何よりも怖ろしいことなのだ。

 

 

ひと夏に巻き起こった現代の戦い

 

 東京駅の鈴。八重洲地下中央口にある、それの正式名称を健二は知らない。鈴の前に立っていた篠原夏希が、こちらに向かって手を振った。

 

 

 篠原夏希と、私服姿で待ち合わせ。そんな事実が知られたら、彼の通う久遠寺高校はたちまち戦場と化すだろう。

 

 

 彼女からアルバイトを依頼され、健二は親友の佐久間とのジャンケンによってその権利を勝ち取ったのだった。

 

 

 向かうのは長野県上田市。なんでも、田舎で親戚一同が集まって夏希の曾祖母の誕生会があるらしい。

 

 

 坂を登り切ると、想像以上に大きな屋敷が健二を出迎えた。瓦屋根の平屋造りは、いかにも由緒正しい日本家屋である。

 

 

 夏希の親戚たちと挨拶を交わしながら、彼女から噂に聞く曾祖母と顔を合わせた。

 

 

 十畳ほどの書斎に、着物を着た老女が座っていた。老眼鏡を下にずらし、やや上目遣いにした目を細め、夏希を迎える。

 

 

 自己紹介をしようと口を開いた健二の言葉を遮って、夏希が言い放った言葉に、健二は一瞬、言葉の意味を理解できなかった。

 

 

「わたしの彼氏」

 

 

 曾祖母との面会を乗り切って、夏希の口から聞かされたアルバイトの内容は驚きのものだった。

 

 

「大おばあちゃんや親戚の前で、わたしの恋人のフリをしてほしいの」

 

 

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