魔法少女斧乃木ちゃん『愚物語』西尾維新

　彼女は愚かである。そして、彼女が愚かなことは、彼女以外のクラスメイトの誰もが知っていた。

　彼女が転校してきたのはもう新しいクラスの中でもグループが確立しつつあった六月である。

「よろしくお願いします」

　頬を赤く染めて挨拶をする彼女は整った容姿も相まってとてもかわいらしく、クラスの誰もが好感を覚えていたのだろう。男子もちらちらと彼女に視線を送っていた気がする。

　休み時間にはみんなからの質問攻めに遭って、困ったような苦笑いを浮かべている彼女を見て、私たちは新しい仲間を認めたものであった。

　しかし、彼女がクラスに馴染んでいくのを良しとしない人がいた。他ならぬ彼女自身である。

　いや、本人としては必死に馴染もうとしていたのだろう。あの頃はグループが確立していたとはいえできたばかりで、彼女が入ることができてもおかしくはなかった。

　しかし、別の地域から来たゆえか、それとも彼女自身の性格か、彼女はどこかおかしかった。

　有体に言えば、みんなが右といえば彼女だけ左という。みんながこの人が好きといえば、彼女はこの人が嫌いという。

　いわゆる、人に合わせることができない女子だったのだ。学校内での女子社会からしてみれば異物である。

　そんなこともあり、最初こそ迎え入れられそうだった彼女は、次第に輪から追い出されるようになり、孤立していくようになった。

　時期によっては彼女の自己主張的な性格も受け入れられたろう。しかし、六月というまだ不安定な時期ということが災いした。

　彼女という異分子を受け入れるには、どこのグループも安定していなかったのだ。だからこそ、彼女は排斥されることになった。

　教室の隅で黙々と過ごしている彼女を視界の端に映して、みんなと話す。彼女の存在は、半ばいないもののように扱われていた。

　なぜ彼女は恭順を示さなかったのだろう。みんなの声に頷いて同じ道を進んでいれば、こんなことにはならなかったのに。

　誰もがせっかく馴染むことができたグループから弾かれることを怖れて、彼女には誰も声をかける子はいなかった。

　私もそのつもりはなかった。帰り道の公園で、佇んでいる彼女と出会うまでは。

本当に愚かなのは

「やあやあ、君もいっしょに作る？」

　彼女は砂場で砂山を積み上げていた。ひとりで。およそ女子高生がやることではない。もちろん、作るなんて言わず、私はドン引きした。

　けれど、にもかかわらず、私が彼女に近寄って話しかけたのは、やっぱり彼女のことが気になっていたからだろう。他に誰もいないことが私の背中を押した。

「いや、作らないけど。何してんの」

「砂山作ってる。出来上がったら崩すんだよ。楽しいよ、きっとね」

　絶対楽しくない。私は内心で呆れながら彼女のそばに佇んだ。彼女はそういう人間だった。だから、クラスに馴染むのに失敗するのだ。

「失敗は、そんなに怖いこと？」

　そんなことを思っていたから、彼女に突然そう聞かれて驚いた。彼女はにやにや笑っている。まるで私のことを見透かしたような笑みだった。

「仲の良い友達がいる。対して、私はクラスでも孤立している。いや、わかっているとも。自分でもね」

　伊達に転校してきたわけじゃない。

「そして、君は私を見下している。下に見ている。馴染むことに失敗して、クラスで孤立してかわいそうって」

「そ、そんなこと」

　ない、とは言い切れなかった。私が彼女のことが気にかかっていることはたしかで、そしてそれは彼女に対する哀れみだった。

「ああ、いや、怒っているわけではないよ。ただ、愚かだなあって思って」

「え」

「だって、そうでしょ。自分のやりたくないことを無理やり認めて、人と同じになることをクラスに馴染んでいる、なんて思い込んでいるからね」

　思わずドキッとする。反論しようとしたけれど、何も言うことができなくて、また口を閉じる。彼女はそんな私を見て、砂山へと視線を移す。

「崩れたらまた作り直せばいいじゃない。それなのに君は、自分のじゃなくて、他人と同じ砂山を作ってる」

　愚かだね。彼女はそう言ってにっこり笑うと、砂山を一気に崩した。後には平坦な砂場だけが残される。

「じゃあね」

　彼女は手を振って去っていった。私は崩れて歪な形になった砂山の後を、いつまでも見つめていた。

愚かな少女たちの語る失敗談

　鬼のお兄ちゃんは僕に優しい。今日も朝から、任務中の僕にこっそりとカップのアイスクリームを差し入れてくれた。

　怪異のくせにアイスクリームなんて食べるのかと訊かれると、その答えはイエスとノーの、両方だった。

　僕に食欲があるのかというと、たぶんない。ただ、人間の振りは、僕のような、人の形をした怪異にとっては、とても重要なことなのさ。

　人の真似をしていないと、人の形を失ってしまう。あとはまあ、やっぱり甘味は、ストレス解消になるというのはある。

　そんなわけで、僕は、観察対象である阿良々木月火の部屋のベッドの上で、機嫌よくアイスを食べていた。

　僕が阿良々木家に身を寄せるようになったのは今年の二月からで、四月、阿良々木火燐が高校に進学したタイミングで、一人部屋になった。

　スパイ的存在である僕にとっては、彼女の独立はとてもありがたかった。以前だったら、アイスクリームを差し入れられたところで、呑気にその蓋を舐めてなんていられなかったし。

「なんとなく気が乗らなくて登校中にUターンして家に戻ってきたら、私のぬいぐるみがアイスクリームを食べてる⁉」

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本当に愚かなのは

愚かな少女たちの語る失敗談

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