スキルを育てよう! 蜘蛛子の成長ファンタジー『蜘蛛ですが、なにか?』馬場翁


 教室に甲高い悲鳴が響き渡る。談笑していた男の子たちも、別のグループの女の子たちも、なんだなんだと近づいてきた。

 

 

 教室の隅で座って大人しく本を読んでいた私も、ページに栞を挟んでそちらに近寄っていった。もちろん、ただの野次馬のつもりだけれど。

 

 

 悲鳴を上げたのはクラスでもトップカーストのお嬢様だ。普段は女王様気取りで取り巻きを従えていて、偉そうにふんぞり返っているのだけれど。

 

 

 そのお嬢様が今にも倒れそうなほどに顔面を蒼白にしていた。取り巻きの女子たちも同じような有様だ。

 

 

 何事だろうかと周りに集う野次馬たちの隙間からぴょんぴょん頭を出して見ると、彼女の視線の先にその悲鳴の原因がいた。

 

 

 白く磨かれた床の上に、なんとまあ、でっぷりと太った大きな蜘蛛がカサカサと動いているではないか。

 

 

 毛まみれの八本の脚をうぞうぞと動かして歩くその姿は気持ちが悪く、なるほど、たしかにお嬢様にはいささかキツいのかもしれない。

 

 

 というよりも、女の子たちは総じて怯えるようにきゃあきゃあ悲鳴を上げていた。可愛い子ぶっているのもあるけれど、どうも蜘蛛に触りたくないのは本音らしい。

 

 

 また、普段なら虫を嬉々として掴みに行くやんちゃ坊主の男の子たちも、さすがにこれほどの立派な蜘蛛ともなると物怖じしているようだった。

 

 

 蜘蛛の周りには、今や彼を取り巻く輪が出来上がっている。けれど、誰も手を出すことができずに、ただ怯える目で蜘蛛を見ていた。

 

 

 誰か何とかしろよ。嫌だよ。ちょっと、男子、誰かやりなさいよ。こんなデカい蜘蛛、触りたくない。そんな声ならぬ声が視線に込められたまま飛び交っているのが聞こえた。

 

 

 けれど、このままだと先生が来たら、この蜘蛛は瞬く間にスリッパか何かで叩かれてお陀仏だろう。事態の鎮静化は時間の問題だった。

 

 

 目立ちたくないし、別に放っておいてもいいのだけれど、これも何かの縁かもしれない。ということで、助けてみることにした。

 

 

 野次馬の輪を押しのけて、平然とした顔を装いながら私は輪の中に果敢に入っていく。いつもは教室の隅でいるのかいないのかわからないような女子の闖入に、彼らは固唾を飲んだ。

 

 

 私は蜘蛛をそっと手に乗せた。女子たちから悲鳴が上がり、男子からは感嘆の息が漏れる。いや、もしかしたら、ただドン引いているのかもしれないけれど。

 

 

 私の手のひらに乗った蜘蛛は慌てたようだったけれど、落ち着いてと目で伝えれば、どうやら落ち着いたようだった。彼らは意外と話がわかるのだ。

 

 

 さわさわと蜘蛛の脚の感触がくすぐったい。八つの目がきょろきょろと動き回っている。こうしてみると、たしかに気持ち悪いと思うのも無理はないかもしれない。

 

 

 私は窓を開けてぽいっと蜘蛛を放り投げる。蜘蛛はスタッときれいに着地して、私にお礼を言った後、そのままどこかへと去っていった。

 

 

 窓を閉めて振り向くと、誰もが私を慄いた眼で見ている。そんな目で見られると照れるぜ。なんてふざける余裕なんてない。そもそも、注目されるのは苦手なのだ。

 

 

 何事もなかったかのような顔をして自分の席に戻る。私が近づいた時に、お嬢様はひぃっと私を避けるようにした。

 

 

 失礼な。これじゃあ、まるで私が蜘蛛みたいじゃないか。そんなのは、何年か前に卒業しているのだ。

 

 

 私は自分の席に座り、改めて読みかけの本を開いた。『蜘蛛ですが、なにか?』という作品だ。

 

 

 翌日、私はちょっとした英雄気分を味わった。ちやほやされる私を見て、ふんと不機嫌そうに鼻を鳴らすお嬢様が、ちょっと心地よかったのは内緒の話。

 

 

懐かしい夢

 

 私はそれをすぐに夢なんだと認識した。なにせ、視界が随分と広いし、その割に鮮明じゃなくて、床とも近いのだからすぐにわかった。

 

 

 これは私が生まれ変わる前の夢。私が、まだ人間ではなく、蜘蛛だった頃の記憶だ。

 

 

 夢の中の私は困惑していた。うっかり見つかっちゃったのが運の尽き、気がつけば、巨大な人間たちに囲まれていたのだから。

 

 

 いくら人間が子どもだと言っても、その大きさは私の何倍もある。踏みつぶされればぺちゃんこだし、叩かれるのも怖い。

 

 

 彼女は私を見て怯えていたけれど、私だって怯えていたのだ。彼らをチョウチョみたいに食べようとは思わない。むしろ、食べられるかもという恐怖があった。

 

 

 けれど、逃げようにも囲まれていて出口はない。あ、詰んだわ。私はその時、自分の最期を覚悟していたのだ。

 

 

 その時、人の輪を割って救いの主が現れた。あらまあ、なんてかわいい女の子。まるで鏡で見ているかのよう。もちろん見ているとも。だって、それは私なのだから。

 

 

 人間の私は私を手のひらで掬い上げると、窓まで運んでいく。あ、私、そんなところにホクロがあるんだ。気がつかなかった。

 

 

 窓を開けて、彼女はポイっと私を放り投げる。生まれ変わった私なら無理だけれど、蜘蛛だった頃なら高いところからの着地なんて余裕だ。なにせ、脚が八本もあるのだから。

 

 

 私は彼女を見上げてお礼を言う。伝わっただろうか。いや、伝わっているに違いない。なにせ、彼女は私なのだから。

 

 

 私は背を向けて、その場から去る。彼女はまた読書に戻るのだろう。読書の邪魔をしたのは申し訳なく思うけれど。

 

 

 彼女が読んでいるのは『蜘蛛ですが、なにか?』という本だ。まさしく今の私のセリフである。

 

 

 私は蜘蛛から人間になったけれど、その作品の主人公は人間から蜘蛛になる。しかも、ただの蜘蛛じゃなくて、ファンタジー世界の魔物としての蜘蛛に。

 

 

 彼女は魔物としては最弱だった。けれど、人間としての頭脳を持っている彼女は、知恵を振り絞って自分よりも強い相手に立ち向かって生き残っていく。

 

 

 そうして強くなっていくうちに、彼女はその世界の真実を知る。そうして、全てを知った彼女が選び取った道は。そんな話。

 

 

 驚いたのは、物語のそこら中に巡らされた伏線だ。それらは読み進めていくうちにじわじわと締め付けてきて、読者を絡めとる。まるで蜘蛛の巣のようだった。

 

 

 一度読んだだけじゃあ、その魅力はわからない。何度も何度も読み直してしまうような中毒性があった。そうなれば、もう、私は蜘蛛の毒に侵されたも同然。

 

 

 まさしく蜘蛛のような物語。それが『蜘蛛ですが、なにか?』なのである。

 

 

 さて、そろそろ目覚めようか。枕元には、まだ読みかけのその本が置いてある。うっかり寝落ちしてしまったのだ。

 

 

 早く続きが読みたい。私はもう、その物語の魅力の糸に、がんじがらめに囚われてしまっているのだから。

 

 

転生して蜘蛛になってしまった女子が成り上がっていく

 

 勇者と魔王の戦い。彼らは己の宿命に従い、その魔法を行使した。二つの魔法がぶつかり合い、世界が悲鳴を上げる。

 

 

 勇者と魔王は、己の魔法の力に耐えられずに滅びた。その余波は、時空をも超えて別世界に届いてしまう。

 

 

 その時空の大爆発は、地球という名の世界の、日本という国の、とある高校の教室で炸裂した。

 

 

 彼らの魂は、時空を渡り、勇者と魔王が争う世界に逆流してしまった。新たな世界で飛散し、それぞれが新しい命として生まれ変わる。これは、そんな彼らのうちの一人の物語。

 

 

 意味不明の呻き声を上げたつもりだったんだけれど、呻き声も出やしない。国語の授業中に、いきなりものすごい激痛に襲われたところまでは覚えている。

 

 

 目を開けても真っ暗で、ここがどこだかもわかりゃしない。というか、まるで身体を何かに覆われているみたいな感じで動かせない。

 

 

 身体に力を入れて踏ん張ってみたら、私を覆っている何かが壊れ始めた。柔らかいような、硬いような、不思議な感触。開いた穴から頭から這い出す。

 

 

 目の前に大量の蜘蛛がうようよしていた。一匹一匹が私と同じくらいの大きさだ。

 

 

 改めて自分の姿を見直す。首が動かない。けど、視界の端に私の足らしきものが映った。蜘蛛の足が。

 

 

 うむ。現実逃避は大の得意だけど、ここは潔く認めなければならない。どうやら私は、蜘蛛に転生してしまったらしい。

 

 

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