悪役令嬢モノの女性向けライト文芸ノーベル『悪役令嬢後宮物語』涼風


 彼女は悪女だと誰もが言っていた。誰もが彼女を怖れ、誰もが彼女の悪い噂を囁いていた。

 

 

 意味がわからなかった。彼女は私の友人だけれど、そんな悪い一面なんて見たことがなかった。

 

 

 目つきはたしかに悪いから、一見すれば怖いかもしれないけれど、本当にいい子なのだ。

 

 

「あの子とは、あまり仲良くしない方がいいよ」

 

 

 もう何人から同じことを言われたか。むしろ、私まで悪い噂が流れたら申し訳ないと距離を置こうとしている彼女に、私は言い寄っている状況なのに。

 

 

 男を何人もたらしこんでいる。他人の恋人を奪うのが趣味である。逆らったら彼女の親から圧力をかけられる。

 

 

 聞けば根も葉もない、くだらない噂だ。私からすれば笑ってしまうほどの幼稚な噂だった。それなのに、クラスのみんながそれを真実のように言っているのは奇妙に思えた。

 

 

 彼女は名家の、いわゆるお嬢様で、父親は地元に強い影響力を持っている。母親もPTAの会長をしているらしい。二人とも娘を溺愛していて、羨ましいくらいに仲の良い家族だ。

 

 

 けれど、娘のために圧力をかけるなんてことはしないだろう。溺愛しているからこそ、彼女の家族は彼女に厳しい。そのせいで、彼女の性格はお嬢様らしくない。

 

 

 彼女は昔から友人の恋を応援するのが大好きだ。彼女に仲介されたカップルもいくつも見てきた。祝福するときには、感極まって泣いてしまうことすらあったほどである。

 

 

 そもそも、彼女は男をたらしこむ以前に、自身の恋愛に興味がないようにさえ見えた。その背後で、何人もの男たちが涙を呑んでいるのをこの目で見ている。

 

 

 事実無根だ。けれど、彼女を幼い頃から知っているのは私くらいで、他のクラスメイトたちはこのクラスになって初めて知り合った相手だった。

 

 

 だからこそ、噂に踊らされているのだろう。彼女を知っているならば、彼女がそんなことをするなんて思いもしないだろうから。

 

 

 彼女は見た目はたしかに悪そうだ。そこは弁護のしようはない。実際、最初の頃はよく誤解されていることが多い。

 

 

 それなのに、突然流れ始めたこの噂には何かがある。私は少し調べてみることにした。そして、噂がどこから流れていたのかわかったのである。

 

 

 今年、転校してきた転校生。明るくて、活発な女の子。どうもその子が、彼女にいじめられたという噂を流しているらしいのだ。

 

 

 その転校生を、彼女がいじめたという事実は、もちろんない。むしろ、一、二回話したのが精々といったところだろう。

 

 

 転校生は、特に彼女を憎んでいるわけではない。嫌っているわけではない。むしろ、そんな理由があれば、納得がいっただろうけれど。

 

 

 彼女はとても微妙な時期に転校してきた。その頃にはすでにクラス内でのグループが確立していて、友人がなかなかできなかった。

 

 

 だから、転校生は彼女を利用することにしたのである。彼女にいじめられていることにして、同情されることで友人を増やしたのだ。

 

 

 なによりも迷惑を受けたのは彼女だ。勝手に利用された挙句に、評価を落とし、悪い噂が流布されたせいで孤立することになったのだから。

 

 

 それには、転校生の容姿が小柄で大人しくて、かわいらしいのが起因しているのだろう。

 

 

 いかにも悪女然とした彼女とその転校生が並ぶと、普通に話しているだけでもいじめていると思われそうだ。噂が信用されたのもそのせいだろう。

 

 

 人間は外見が九割、だとかいうけれど、むしろいくらでも操作できる外見を信用しすぎるのはあまりにも怖ろしいことだと私は思う。

 

 

 きれいな見た目の果実が、虫に食い荒らされていることなんて珍しくもなんともない。

 

 

 むしろ、外見の優れている人は自分の外見を自負していて、それを利用する生き方をしているように思えるのだ。

 

 

 それは一見すれば大人しい子である転校生にしてもそうだし、悪女のような彼女もそうだ。

 

 

 外見に中身がついていくのではない。外見に合わせた生き方をする、というのが正しいのだ。

 

 

 それにしても、あの転校生は許せるものではない。憤る私をなだめたのは、他ならぬ彼女であった。

 

 

「ほうっておきなさい」

 

 

 わざわざ相手の望むとおりにいじめてあげる必要なんてないわよ。クラスで孤立していても、彼女は彼女だった。どこまでもお人好しで、内心では傷ついているだろうに。

 

 

「私のおかげで彼女は友達ができたんでしょ。それなら、それでいいことじゃない」

 

 

 そう言って彼女は、悪女のように妖しく笑った。

 

 

悪役顔の令嬢が誤解されながら奮闘する

 

 エルグランド王国にて、『クレスタ―伯爵家』といえば、貴族階級の間で知らない者はいない。

 

 

 クレスタ―家に爵位が与えられて、優に三百年。その間ずっと尻尾を掴ませることなく悪事を続け、莫大な財を成した。

 

 

 下手に手を出せばこちらが危うい、正義を全うする者にとっては怒りしか覚えない存在。それが、クレスタ―家。あくまでも、『噂』だが。

 

 

 そう、クレスタ―伯爵家が『王国の悪を牛耳っている』などというのは、あくまでもただの噂。クレスタ―伯爵の本性を見て、『悪』という言葉を結び付けられる人はそういない。

 

 

 ただ悲しいかな、噂が囁かれるには、それだけの根拠があるのだ。

 

 

 クレスタ―伯爵家は代々、『悪人面』としか表現しようのない、悪そうな顔の人間が多く生まれる。というより、そんな顔ばかり生まれる。

 

 

 現クレスタ―伯爵、デュアリスは、クレスタ―家の歴史でも稀な、超極悪非道冷血人間面。

 

 

 そんな彼と恋愛結婚したのがエリザベス。優しげな顔立ちの美しい姫なのだが、デュアリスと並べば、魔王と生贄に捧げられた姫にしか見えない。

 

 

 そんな二人の間に生まれた長男エドワード。顔のパーツだけならエリザベスそっくりな顔立ちは、全体的に見れば女をたぶらかして捨てるような美形にしか見えない。

 

 

 そんな彼らは修羅場の真っ最中であった。壮年の男女二人を、青年が青い顔で止めに入るという、まさに家庭内抗争と呼ぶにふさわしい場面である。

 

 

 その原因となったのが、長女ディアナ・クレスタ―伯爵令嬢である。

 

 

「それで、お母様は何故、こんなに怒りに満ちていらっしゃるのです?」

 

 

 次に父親が発したセリフに、ディアナは、その涼やかな切れ目を限界まで見開いた。

 

 

「お前に、ジューク陛下の側室になるようにという、通達が参ったのだ」

 

 

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