勘違いによって最強になってしまう男のファンタジー『隣にいるのは勇者様!?』ぱるめざん


 目の前に、ひとりの男が座っている。彼は澱みのない瞳で真っ直ぐに私を見つめ返していた。

 

 

「私に任せろ。そうすれば、何もかもが上手くいく」

 

 

 彼は私に胸を張って言って、力強く自分の胸を叩いた。その自信に満ちた姿は、思わず彼に頼ってしまいそうな頼もしさが溢れている。

 

 

 しかし、私は彼に頼ることができない。私は首を横に振った。彼に頼ってしまえば、それは私自身が終わることを意味しているのだから。

 

 

 彼は身の丈ほどもある巨大な剣を背負い、絢爛な装飾が施された荘厳な鎧を身につけている。粗末な装備しか持たない私とは大違いだ。

 

 

 彼は目も眩むような美形である。私のように無精ひげも生えていないし、落ち窪んだ眼もしていない。

 

 

 私のように折れ曲がった猫背とは違い、まっすぐに伸ばされた背筋は彼の自信の表れである。彼は自分自身こそが自分にふさわしいのだという自負があった。

 

 

「逆に問おう。どうして君は私に任せないのだ。君とて、私に頼らない現状が上手くいっていないことは承知しているだろうに」

 

 

 彼はむしろ私を慮るような口調で言う。いや、事実、彼は慮っているのだろう。敵には苛烈だが、味方には優しいというのが彼の評価だった。

 

 

 女性には紳士的で、男から見ても魅力がある。誠実であり、情に厚い。まさに絵に描いたような好青年といえるだろう。

 

 

 そして、美形であるにもかかわらず、その顔はどこか私に似ている。当然だ。彼は私なのだから。

 

 

「君は英雄だ。敵の巨魁である魔王を打ち破り、多くの人たちを救った」

 

 

「いいや、違う。私は英雄ではない。お前のように剣技に優れ、魔法も一流の戦士なんて存在しないのだ」

 

 

「私を受け入れろ。誰もがお前のことを英雄と言っているんだ。彼らの期待を裏切れるのか」

 

 

 私に任せろ。そうすれば、君は真に英雄になれるんだ。彼の言葉に必死な響きが混じる。

 

 

「頼む。私を受け入れてくれ」

 

 

 みんなの期待を裏切りたくはないんだ。彼は涙を流した。私は、それでも頷くことはなかった。

 

 

 かつての私はただの一介の兵士に過ぎなかった。恋人と語らい、同僚と切磋琢磨し、腕を磨くだけの普通の男だった。

 

 

 しかし、隣国との間がキナ臭くなってきたことによって私の運命は変わっていった。

 

 

 私は国王からの命により他の招集された同僚たちとともに戦地へと赴いた。生きた心地がしなかった。

 

 

 恋人が待っている。今までの訓練は今日のためにあるのだ。そうは思っていても、本当の戦いは初めてだった。体の震えが止まらなかった。

 

 

 私は必死に戦った。ただ、生きることだけが望みだった。国のためとかどうでもよかったんだ。それなのに、気がつけば私だけが立っていた。

 

 

 私が強かったわけではない。倒れていった同僚の中には私よりも強い人たちなんていくらでもいた。

 

 

 私と彼らの違いは生きる意志の違いだった。私は生きたかった。彼らは国を守るためだった。それだけの違いが私を生かしたのだ。

 

 

 勝利して帰還した私は英雄と呼ばれて称賛された。地位は上がり、美女から言い寄られ、財産を手にした。

 

 

 しかし、それは多くの犠牲の上に立っているだけなのだ。どんな時でもそのことが私の頭の中にあった。

 

 

 悪夢に彼らが現れる。お前はなぜ生きているのだ。なぜ俺たちは生きていないのだ。お前は何もしていないのに、オマエだけが英雄なのか。

 

 

 私は苦悩に苛まれる日々を過ごした。何も知らない人たちの賛美は私を苦しめる呪詛でしかなかった。

 

 

 彼らが見ているのは国を守った護国の騎士だ。剣を掲げ、輝く鎧を纏い、誠実で、紳士的な美貌の騎士。私がかつて目指した存在で、それは私が受け入れさえずれば手に入る姿だった。

 

 

 「英雄」の自分と「現実」の自分。彼は私よりも遥か高みにいて、下から見上げるしかない本当の私を嘲笑っている。

 

 

 もう、限界だった。私が理想を演じれば彼らは満足するだろう。私もまた、望んだようになれる。しかし、私は自分の実力に見合わない「英雄」という服を着なければならない。

 

 

「……もう、十分だ」

 

 

 私が呟くと、陥落したと考えたのか、彼は明るい表情を見せた。しかし、その表情がこわばったのは、私が腰に提げた剣を取り出したからだ。

 

 

 すまないな、私よ。私は、最期まで私でありたいのだ。彼の鎧の隙間から鋭利な切っ先が飛び出した。

 

 

けちな傭兵稼業に身を置く男が勘違いで最強となるファンタジー

 

 荒れ果てた広野にひとりの男が空を見上げながらボケッと座っている。彼は倒れた男の懐から拝借して煙を吹かしていた。

 

 

 俺の職業は傭兵。しかし、よく想像されるようなその日暮らしの生活とは大違いだ。

 

 

 俺が副業として戦場廃品回収業を営んでいる。そのおかげで金の入りは賃金の倍以上。街では豪遊の日々だ。

 

 

 しかし、今回は我がものだ。ただでさえ、高級な武具は相当な値段がつくのに、それはミスリル。頬も緩むってもんだった。

 

 

 俺は隠していた馬車に向かって歩いていた。ふと、男が何やらしているのが目に入った。集中しているのか、近寄っても気づかない。

 

 

 男は倒れている女性を襲っているようだった。俺は拾ったばかりのミスリルの剣で女を助けた。

 

 

 寝ている女に声をかけるが、返事は返ってこない。その顔はかなりの美人だったが、その肌は青黒い。

 

 

 青黒い肌は魔族の証である。人知を超えた力を持つ存在。人型の魔のものの総称。しかも、その女性は魔族の中でも上位に位置するようだった。

 

 

 危険を感じて俺は逃走を試みたが、女が目を覚ます。俺は彼女が誰なのか気づいた。彼女の正体が魔王である、と。

 

 

 命の覚悟をする俺だったが、魔王は急な提案をしてきた。

 

 

「主をわらわの配下としよう!」

 

 

 あまりのことに返事ができない俺に、魔王の表情が憤怒に変わる。断ったら命はないだろう。そう判断した俺の答えはひとつだった。

 

 

「その申し出っ、ありがたくお受けさせていただきますっ!」

 

 

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