トザイトウザイ、一座高うはござりまするが、不弁舌なる口上な持って、申し上げ奉ります。
さて、このたび語りまするは、モロクっちこと諸口正巳先生の書かれた『常夜ノ国ノ天照』でございます。
わけて皆々様方にお願い申し上げ奉りまするは、良きところは拍手エイトウのご喝采、七重の膝を八重に折り、隅から隅までズズズイットウ、御願い申し上げ奉りまする。
時は現代、電車に揺られてひとり、隻眼の少女あり。彼女の名を、火野坂暁と申します。
奇怪な夢に目覚めてみれば、あれよあれよと迷い込んだは常夜の国。現世とは別のところにあるひとつの異界にございます。
そこで彼女の見たもの。ヒガシとニシに分かたれた町。異形の力を操り、日夜戦い続ける住民たち。
『天照』とは何か。それすなわち彼らが巡って戦うもの。天照とは彼女のこと。その世界に女は暁ただひとり。
互いにいがみ合い、憎しみ合い、喰らい合うヒガシとニシの戦いに、暁は否が応にも巻き込まれていくのでございます。
凄惨で、残酷で、暗い。彼らの戦いはいつまでも終わりがなく、その命尽きるまで。そこは常夜、夜が明けることはなきゆえに。
しかし、そんな明けぬ夜の中にも光はあるもの。天を照らすからこその天照。闇の中でも愛は生まれるものなのでございます。
さて、果たしてどのような物語が紡がれるやら。あまり多くをここでわたくしめが語り過ぎるのも野暮というもの。
ホラ、あなたさまも目を閉じてみれば、おのずと。電車に揺られる音が。ガタゴト、ガタゴト、と。
車掌の声が、聞こえませんか。狐の面をつけた車掌の声が。さて、そこの駅の名は、なんという名だったか。
めくるめく車窓に映るは見るも凄まじき物語。あなたさまの背後にも、ホラ、忍び寄る影が、ヒトツ、フタツ……
と、まあ、すべてはページをめくればわかることでございましょう。その扉を開けるも閉じるもあなたさま次第。
さて、わたくしめの役目もそろそろ終わりのようで。名残惜しいものではありますが、ここらで閉幕。
夜の帳もそろそろ降りる頃合いでございますゆえ。ここからは、別のものが案内してくださることでありましょう。
いつかまた、夜が明けた頃にまたお会いできればと思います。それがいつになるかはわかりませんが。
まず今日はこれ切り。夜道はなにぶん暗いので、足元に気をつけてお帰り下さいますよう。
ご覧にいれるは、チョイトわけあり常夜ノ荒事
もう疲れた。疲れ果てた。こんな世界など、ぐちゃぐちゃに潰れて消えてなくなってしまえばいいのに。眠りに落ちる前、彼女はそんなことを考えていた。
火野坂暁が、普段考えもしないことだった。彼女らしくもない考えは、真っ暗な眠りに落ちてもくすぶり続けていた。だからきっと、異様な夢を見てしまったのだろう。
暁の夢の中にあらわれたのは、細長く背の高い、謎めいた円柱だった。必要最低限の彫り込みによって象られているものは、おそらく狐。
円柱は右半分が黒く、左半分は白く塗られていた。細長い狐の像は、暗闇の中、じっと暁を見下ろしていた。そんな夢だった。
電車が鋭い警笛を鳴らし、暁ははっと目を覚ます。直感的に寝過ごしたことを悟る。
今、この電車はどこを走っているのか。それが知りたくて、暁は行き先表示を探した。何かがおかしい。何もかもがおかしい。こんな古い電車に乗っただろうか。
外はあまりにも暗すぎた。暁が部活を終えて学校を出たのは午後五時過ぎ。スマートフォンを取り出して時刻を確認する。ぞくっとした。午後六時だ、完全に寝過ごした。
この電車は、いったい、どこを走っているのだろう?
また暁の胸の奥に、ぞわりと寒気が差し込まれる。なんだ、この文字は。たまたま目に飛び込んできた広告の、文字が読めない。
電車は呆然と立ち尽くす暁だけを乗せていた。つり革は揺れている。レールを走る音だけはありふれている。
やがて、電車は止まった。今まで聞いたことがないほど大きく甲高いブレーキ音が耳をつんざく。
「あんた、切符は」
暁は勢いよく振り返った。いつの間にかすぐそばに車掌らしき男がいる。なんと、狐面をかぶっていた。
車掌は右手でドアを指す。右手にはめているのは黒手袋だった。ドアが少し軋みながら開いた。
「終点だ。運賃はいいから、とっとと降りな」
暁はまさに狐につままれた気分だった。そして、追い出されるようにして電車を降りた。
外から見た電車は、まるで昭和のもののように古びていた。もちろん、暁が下校のために乗り込んだ電車ではない。
暁が茫然と見上げる中、電車はゆっくりと走り出した。ホームには他に人影もない。暁はひとりぼっちで、名も知らぬ駅に取り残された。
ホームには屋根も壁もない。田舎の無人駅のようだ。そしてやはり、字はまったく読めなかった。
まずい。どうか。これも夢の続きでありますように。暁は逃げるようにしてホームから下りた。
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