犯人は誰だ?『終物語』西尾維新


「さて、この物語の犯人は、いったい誰だろうね」

 

 

 彼女は大仰に手を広げて、そう言った。その傲慢な態度はまさに狂言回しと言わんばかりだ。

 

 

「読者に挑戦する、なんて言われたら、受けざるを得ないでしょ。栄えあるミステリ研究会の一員として」

 

 

「実際はただのオタクの集まりだけどな」

 

 

「黙らっしゃい。犯人を指名するまで帰さないからね。それはもう、クローズドサークルの基本だからね」

 

 

 にやにやと笑いながら彼女は言う。他の面々はまた始まったと肩を竦めながらも、すでにその頭の中では推理が始まっているのだろう。そういう連中だ。

 

 

「クラスの人数は三十八人。その中で勉強会に参加したのは十九人。やっぱりこの中に犯人がいると考えるのが妥当じゃないかな」

 

 

 彼が首を傾げながら言った。へえ、その理由は。作中に書かれている通りなら、確率が高いだけで参加していない生徒も怪しいけれど。

 

 

「いや、特に確固とした理由はないけれど。参加しているメンバーについてはパーソナリティーにまで細かく説明されているから、怪しいんじゃないってだけ」

 

 

 ほら、情報が書かれていないモブが犯人ってのはそうそうないじゃないか。彼は朴訥としてそんなことを言った。彼女は呆れたように彼をジト目で見つめる。

 

 

「おいおい、そんなのは推理とは呼べないよ。あまりにもメタい考え方だね」

 

 

「いや、そもそも物語シリーズってメタフィクション系のネタをよく使ってるし」

 

 

 だから、そういう考え方もありなんじゃないかなって。彼は頬を掻きながら、だんだんと消え入りそうな声にすぼんでいった。

 

 

 やっぱり、彼自身もこの推理とも呼べない推理には思うところがあるのだろう。

 

 

「あたしはむしろ逆だと思ったけどな」

 

 

 彼女が髪を手でいじりながら言う。ぺらぺらとページをめくりながら、視線を合わせないまま続けた。

 

 

「この場合、阿良々木くんが過去の記憶を辿りながら説明してるんでしょ。でも、そもそも阿良々木くんってあまりクラスの人に詳しくないじゃない」

 

 

 最初は戦場ヶ原さんが同じクラスってことにも気づかなかったくらいに、さ。彼女は端に重ねられた物語シリーズの一巻に視線を送る。

 

 

「だから、むしろ意図的に情報を隠しているんじゃないかなって」

 

 

「あ、俺、ひとつ思いついた」

 

 

 彼が思わずといったように声を上げる。言葉を途中で遮られた彼女はしかし、不満げな顔も見せずにちらと彼に視線を送った。推理のバトンが渡される。

 

 

「犯人は阿良々木暦本人ってことはないかな」

 

 

「はあ? なんで?」

 

 

 彼の口から指摘された犯人の名前に、疑問の声が上がる。声を出していない面々も、どうしてかと視線が訴えていた。

 

 

「いや、さっきの話を聞いて思ったんだけどさ、ミステリの手法で『信頼できない語り手』ってあるじゃん」

 

 

 つまり、事件を語っている阿良々木暦本人なら、情報をいくらでも操作することができるってこと。

 

 

「まず三十八人のうち、十九人を勉強会の参加者として絞り込む。そして、そこからさらに主導していた六人にまで絞り込んだ」

 

 

 この時点で、読者は犯人がこの六人のうち誰かじゃないかと思わされるんじゃないかな。でも、それも全部阿良々木くんの計算のうちで。

 

 

「いや、そもそも阿良々木くんはもともと正義感に溢れていたんでしょ」

 

 

「でも、これは阿良々木くんが正義を信じられなくなった出来事なんだろう。だったら、阿良々木くんが正義のためにした行動が、最悪の結果に辿り着いたとも考えられるじゃないか」

 

 

 彼の言うことは一見むちゃくちゃのようでいて、しかし、反論も考えつかなかった。みんなはううんと唸ってしまった。

 

 

「いいね、それじゃあ、答え合わせといこうじゃないか」

 

 

 彼女はぱんと手を叩いて、先のページをめくった。

 

 

本当の犯人は、誰?

 

「それは、やっぱりずるいよ」

 

 

 結末を読んだ彼ははあと嘆息した。彼女もまた、彼と同じような表情をしている。

 

 

「でも、まあ、西尾維新先生らしいと言えばらしいのかも」

 

 

 彼は笑いながら読んでいる。彼にとって、この結末は、それなりに満足できたらしい。

 

 

 がらり、と教室の扉が開いた。夕暮れの冷ややかな風が彼らの間に吹きすさんでくる。

 

 

「さて、君たちは犯人を無事に指摘した。おめでとう、帰っていいよ」

 

 

「本当に帰さないつもりだったのか」

 

 

 呆れ顔の彼に、彼女は答えないままただ笑っている。彼女なら本当にやりかねないのが怖いところだ。

 

 

「犯人がわかればクローズドサークルは解ける。ミステリでは常識だからね」

 

 

 ああ、あなたはまだ、帰っちゃだめだけれど。彼女はにやにや笑いながらそう言った。

 

 

今の阿良々木暦を創り上げた残酷な真実

 

 数学といえば、『数学史上もっとも美しい式』をご存知だろうか? いわゆるオイラーの等式である。

 

 

 おもしろいのは――もとい、美しいのは、この公式が決まっていたという点だ。つまり、発想の産物ではなく発掘の産物である。

 

 

 美しくはあるが――そう考えると、怖くもある。世界というものは実に曖昧模糊で、だからこそ白紙の未来にだけは希望が持てる。

 

 

 というような感じだけれど、実際問題、未来なんてものは、最初から決まっていて、僕達はそれを知らないだけなんじゃないだろうか。

 

 

 答えは変わったりしない。人々が新しくなったと感じたりするものは、あらかじめ決まっていた別のプログラムが実行された事実の、微笑ましい錯覚に過ぎないのだ。

 

 

 そういう意味では、世界には、曖昧な遊びなんて微塵もない。あるのはただ『こうすればこうなる』という厳然たる決まり事だけだ。

 

 

 多数決。間違ったことでも真実にしてしまえる、唯一の方法。幸せではなく示し合わせを追求する、積み木細工の方式。

 

 

 人類は本当の意味で発明したと言えるのは、これくらいのものだろう――そしてこれは、人類史上もっとも醜い式である。

 

 

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