転生した残念王子と不良騎士のファンタジー『転生王子と黄昏の騎士』楠のびる


 父は、騎士としての心得を教える鑑として、『黄昏の騎士』と呼ばれている人物を挙げては俺に説いた。

 『黄昏の騎士』は『転生王子と黄昏の騎士』という我が国に伝わるおとぎ話に登場する騎士だった。

 『転生王子』シリーズは民草の間で高い人気を誇っている一連の作品であり、『黄昏の騎士』は二作目に登場する騎士だった。

 異世界から転生してきたという大国の第七王子。元の世界では女性だったという彼は、名をハーシェリクという。『転生王子』シリーズの主人公だ。

 しかし、その国は大臣によって裏から支配されていた。ハーシェリクは国を覆う闇に抗おうと立ち向かうのである。

 そんな彼の筆頭騎士として選ばれるのが『黄昏の騎士』だ。橙色の髪を持っていたことから、そう呼ばれたのだという。

 彼は凄まじく強い騎士であり、幼い男はみんな最初は彼を目指して騎士に憧れた。彼のように強くなりたい、と。

 しかし、父が彼を称賛するのは、その圧倒的な強さではなかった。それは、『黄昏の騎士』が持つ主君への揺るがない忠誠だった。

「よいか。ただ、付き従うだけが騎士ではない。主君が過ちを犯そうとした時に止める。それこそが真の忠誠なのだ」

 父は国王に仕える近衛騎士の隊長だった。国王もまた、父を信頼していた。俺は父の大きい背中を追いかけて育ったのだ。

 しかし、主君を止めるとは、どういう意味だろうか。主君の剣となり、盾となれ。それこそが騎士の理想とされる姿ではないのか。しかし、父は首を振る。

「それは忠誠ではない。ただの怠惰だ。主君の言葉に従うがままに、考えることすら放棄して剣を振るうだけでは、騎士ではない。それではただの剣でしかないのだ」

 良き主君に選ばれるのが騎士ではない。良き主君を選ぶのが騎士なのだ。俺はこの剣を王に捧げた。

 父は剣を抜く。国でも最強と呼ばれる騎士の剣だ。その輝きは美しく、俺は思わず見蕩れた。

 この剣を捧げる時、王は言った。いざという時は、その剣で自分を討て、と。だから、この剣はただの王の持つ剣でなく、自らを諫める楔でもある。

 父の教えはそれまで俺の中にあった騎士の常識を根底から覆すものだった。俺が納得していないのを見ると、父は頭にぽんと手を置いた。

「いずれお前にもわかる時が来る」

 自分が剣を捧げたいと思う主君を見つけろ。もしも、それができた時、お前は俺を超える立派な騎士になれるだろう。

 父の言葉は、今でも俺の胸の中で、沈んでいく太陽のように輝き続けているのだ。

剣が主君を選ぶ

「あなたが今日から私につく騎士ね」

 よろしく。彼女はそう言って手を出した。私は戸惑った。騎士に握手をしようとするなんて、やはり噂通りの女性らしい。

 彼女はこの国の第四王女だった。王族の末席に連なる彼女だが、継承権を持たず、優れた才能もないために、その高貴な血縁にしか価値がないとみなされている。

 しかし、それですらも難色を示されているのは、彼女が極めて奇矯な性格の人物だったからだ。

 そのため、彼女を相手にする貴族もおらず、王宮においても孤立しているらしい。他の王族には両手の指以上もいる侍女も、彼女にはひとりしかいなかった。

 そんな彼女の騎士に俺が任命されることになったのは、高位貴族のひとりに自分の騎士にしてやると言われたのを断ったからだ。つまり、逆恨みである。

 騎士として主君を選ぶ。父の言葉を胸に刻んだ俺は、主君を決めることをせず、仕える相手もいなかった。

 高位の貴族に騎士として叙勲することを請われることはあったが、彼らの言葉や態度の根底には騎士を見下している色が見えたから全て断った。

 しかし、この国においてそうした態度は邪道である。結果として、俺は多くの貴族から睨まれることとなってしまった。

 その結果が今回の左遷である。変人と噂されている継承権の低い王女付きの騎士。出世の道は閉ざされたようなものだ。元より出世に興味があったわけではないが。

 差し出された手を見て思う。今まで会った貴族は、誰もが騎士をただの道具として見ていた。あるいは、自分の権力に箔をつけるためのものとして。

 戸惑いながらも、彼女の手に自分の手を重ねる。彼女の手は柔らかく、少し強く握れば潰れてしまいそうだった。俺はすぐに放そうとしたが、彼女がぐっと俺の手を掴み、顔を寄せてくる。

「ねえ、あなた、私のことが斬れる?」

 悪戯げな笑みを浮かべて言った彼女の言葉に、俺は思わず固まった。どう答えるのが正解なのかわからず、黙る俺に、彼女は続ける。

「私はこれから国を変えるわ。大勢の人間を敵に回すだろうし、大勢の人が苦しむかもしれない。けれど、必ず国民は幸せになるわ」

 ともすれば反乱とも疑われかねない言葉を、彼女は堂々と口にする。不確かな未来を、まるで断定するかのように。

「だけど、道を間違えることもあるかもしれない。みんなを不幸にするかもしれないわ。そうなった時、あなたが私を止めなさい」

 その剣は主君のためじゃない。国のためにあるのよ。彼女は俺の腰に携えた県に視線を送って、そう言い放った。そして、もう一度問う。あなたは私を斬れるか、と。

 この人だ。俺は確信した。俺はこの人に仕えるために、今まで剣を鍛えてきたのだ。俺は跪いて、王女の前に頭を垂れた。

「あなたの道を阻む茨は、俺が払いましょう。あなたの手の届かぬ民を、俺が守りましょう。そして、あなたが道を違えた時には」

 俺が必ず、あなたをこの手で止めましょう。俺がそう言って剣を捧げると、王女は満足げに頷いた。

「よしきた。あなたの剣に斬られることがないよう、私もがんばってみるわ」

 さあ、忙しくなるわよ。そう言って歩いていく王女の傍らに侍る。これから楽しくなりそうだ。俺の胸中には、未来への期待がふつふつと湧いていくのを感じた。

転生王子は自分の騎士を探す

 窓から飛び込んできた初夏の風が、部屋の中の山のような書類を花弁のように舞い上がらせる。

 部屋の惨状に部屋の主は頭を抱える。せっかく分類別に並べ重ねてあった書類が、舞い上がり一緒くたになっているのだ。

 頭を抱えている主の名は、グレイシス王国第七王子ハーシェリク・グレイシス。前世の名は早川涼子。二次元の恋人と生涯をともにすると決めていた重度のオタク女子だった。

 ハーシェリクは散らばった書類を集めようと、不釣り合いな革のソファーから飛び下りた。緩慢な動きで片づけを始めようとするハーシェリクの耳にノックが響いた。

 飲み物を持って現れたのは第七王子の筆頭執事シュヴァルツ・ツヴァイクだ。彼はため息を吐き、飲み物をテーブルに置くと窓を閉めた。

「もうすぐ時間だろう? それ飲んだら準備しろ」

「今日なんかあったっけ?」

「今日はお前の筆頭騎士の選抜だろう」

 筆頭騎士――つまりは自分専用の近衛騎士だ。父に候補者がいるから決めるように言われていたのだ。

 ただ名声や称号が欲しい人間はいらない。自分が欲しいのは仲間であり同志なのだ。

 ハーシェリクは窓の向こうにある空を見上げる。真っ青な空は、本日の気温をさらに上昇させることを予感させた。

 ハーシェリクは紅茶を飲み干し、コップをテーブルの上に戻す。コップの中の氷が涼しげな音を立てた。

 そうして始まった選抜試験。ハーシェリクはひとりの青年に注目した。橙色の髪の騎士は、いかにもやる気のない態度をしていた。

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