先生から先日のテストが返される。その時に向けられた呆れたような視線が今でも忘れられない。
テスト用紙の右上には燦然と零の数字が輝いている。答えは全部記入したものの、それはみんな間違えていた。
「お前、またゼロか」
私の手元を覗き込んできた友人も、先生と同じような呆れた視線を私に向ける。
「お前、授業中はちゃんと答えてるだろ。なんでテストになると駄目になるんだよ」
私がテストで零点を取ったのは初めてではない。というより、ここ数日のテストはほとんど零点をとっている。
どうして、それで呆れた視線を向けられているかというと、私はつい少し前のテストではむしろ高得点をとっていたからである。
つまり、先生諸君やクラスメイト一同は、私がわざと零点という壊滅的な点数を取っているのではないかと疑っているのだ。
「なあ、悩みがあるなら俺が聞くぜ」
彼は私に恋煩い的な、いわゆる色恋事情的な問題によってやる気を失ったという説を推しているらしい。
他にも、本当に頭が悪くなった説、先生に対する反抗説、何らかの理由により何もかもにやる気を失ってしまった説、などがある。彼らは暇なのだろうか。
しかし、そのどれもがハズレである。色恋に縁はなく、授業中には答えられる程度には理解し、先生のことは尊敬しているし、やる気は十分ある。
「じゃあ、何が原因なんだよ」
彼がしつこく聞いてくる。そして、私の答えに談笑しながらも、周りのクラスメイト達も耳を傾けているのがわかった。
「んん、ちょっと説明しづらいけれど」
私はそう前置きして話し始めた。私がテストで零点を取るようになったきっかけを。
「一言で言うなら、正解が疑わしく思えてきてね」
「それは、テストの時には思うもんだろ。だから見直しとかするんだし」
そういうことじゃないのだ。そういったことであれば、私はただ答えを書くだけでいい。
「つまりね、たとえば、『2×2=』なんて問題が出たら、君ならなんと書くだろう」
「そりゃあ、『4』だろ」
「そうだね。一般常識に照らしてみれば、そう言える。でも、本当にそうだろうか、と私は思ったんだよ」
つまり、私は一般的に言われている『2×2=4』という常識が信じられなくなったのだ。
なぜ『2×2=4』なのだ。なぜ『2×2=5』ではないのか。もしかしたら、私たちが正しいと信じている『2×2=4』というのは間違いで、『2×2=5』ではないのか。
そんな疑問が次から次へと湧いてきて、そうなると、私はテストで私が知る答えを書くことが、ちっともできなくなってしまったのである。
正解こそが間違い
たとえば、鳥と猫を飼っていたとする。鳥は当然、鳥籠の中だ。でも、それがある朝、籠の蓋が開いていて、中の鳥は忽然と姿を消していた。
とはいえ、窓の施錠を怠ったことはない。朝見た時も窓はしっかりと閉まっていた。鳥籠の底には、数本の羽だけが残っている。
さて、鳥はどこへ行ったのでしょうか。と、聞かれても、応えは明白だろう。はっきりとは言うまいが、猫はさぞかし満足しただろうね。
しかし、だ。もしも、鳥の行方を聞いてきたのが幼い娘だったら、どうするだろうか。
真実を伝えるか、あるいは嘘を伝えて誤魔化すか。どういったことをするか、なんてのは、人によって違うだろう。
ただ、ここで着目したいのは、必ずしも真実を伝える人だけでなく、嘘を伝える人だっているだろうということだ。
つまり、正解がわかっていても、正解よりも間違いを選ぶ人がいる。わざと間違えて、零点を取る人がいる。
そもそも、問題の正解が、人生の正解だなんて誰が決めたのか。わざわざ間違えた道を進むことこそが、正解なんてこともある。
だが、多くの人はそれができない。それは、間違えることが悪いことだと学校で教えているからだね。
間違えているからこそ正解で、正しいからこそ間違っている。人生では時として、そんなねじ曲がったことだって起こり得る。
ん、そうだとしてもテストをわざと間違える理由なんてない、だって。そうかもしれないね。
でも、それを決めるのは私だ。社会でも、他の誰かでもない、他ならぬ私が決めるのだ。
だから、私はこれからも、答えがわかっていても間違え続けるよ。それが私にとっての正解だもの。周りが何と言っても、ね。
歪んだ推理が解答を導くミステリ
少しでも電子工学の世界に手を出したことがある者なら、彼ら《チーム》の令名を知らないということはないだろう。
もっともその存在は有名だけれども、彼らがどういう集団だったのか、それは公式には不明となっている。《チーム》は自分たちの足跡をひとつとして残すことなく消滅したのだ。
ゆえに、たとえば今ぼくの隣りに座っている極楽そうな小娘がその集団の統率者だったのであると言ったところで、誰も信じやしないだろう。
そしてあれだけの大規模な破壊活動、そして埒外の構築活動を行った《チーム》がたった九人からなる小集団だったと聞いても、それは同じことだろうと思う。
その九人のうちのひとりが、これから会いに行く男。すなわち兎吊木垓輔である。
斜道卿一郎研究施設。兎吊木が現在特別研究員として働いている場所であり、そして日本でも有数の、何の背景もないただ純粋な研究所だということだ。
道はとっくの昔に舗装されていない土道へと姿を変えている。窓の外を見れば、そこは一面杉林。
駐車場にフィアットを停車して、キーを抜く。空を見上げてみると、少しばかり雲行きが怪しい。なんだかぼくらの先行きを暗示しているようで、嫌な感じだった。
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