「第十五惑星から来ました。よろしくお願いします」
思わず彼女を見たのは、きっと僕だけではないだろう。教室に落ちる沈黙。彼女が席に座っても、それはまるで沈殿するように困惑として僕らの心に残されていた。
入学して最初の新しいクラスでの自己紹介で、よもやそんな冗談を言うとは、ある意味勇敢なのだろうか。それにしては、その整った容姿をにこりともさせていなかったが。
案の定というか、ある程度の日が経ち、各々がそれぞれ仲の良い友達同士でグループを作るようになってからも、彼女は相変わらず一人だった。
というのも、どうやら、勇敢にも話しかけに行った女子たちと彼女の会話に耳を傾けてみると、彼女は自己紹介の時だけでなく、常日頃からそんな感じの言動らしいのだ。
これには声をかけた女子も困惑のままに苦笑して立ち去るほかない。結果として、彼女は教室内で完全に孤立するようになった。自業自得と言えばそれまでだが。
「驚くだろうけど、あいつ、昔はあんな感じじゃなかったんだぜ」
そう言ったのは、彼女を幼稚園の頃から知っているという友人である。仲良くなったばかりだが、彼女と隣りの席である僕に同情の視線を寄越してくる。
彼の証言によると、彼女もかつてはごく普通の女の子だったらしい。容姿も相まって、男子には人気が高かったのだという。
「おかしくなったのは中学生に上がったくらいの時かな。突然、自分は地球人の調査をするためにやってきたのだ、とか言い出したんだ」
それはまったくの前兆のない、突如とした変貌であったという。もちろん、どうかしたのかと心配そうに彼女の友達がどうにかしようとしたのだが、誰の話も通じなかった。さながら宇宙人のように。
こうして彼女は地球から飛び出して、宇宙人となったらしい。そんな経緯もあり、彼女と同じ中学出身の生徒たちは彼女とは関わろうとすらしない。
「お前も災難だよなぁ。英会話の時とか組まされるだろ。まあ、次の席替えまでの我慢だな」
彼はそう言って僕の肩を叩いて励ましてくれた。英会話はその数日後の出来事であった。
「私の出身は地球から三十光年離れた第十五惑星である。地球へは人類の調査のために訪れた」
よくも自己紹介で使わないような英単語をすらすらと使えるものだ。彼女は言動のわりに成績は優秀なのである。
おかげで、僕は彼女の英会話を日本語に直してもらってようやく理解する有様だった。クラスメイトたちが哀れむような視線で見ているのがわかって、僕はため息を吐いた。
しかも、英会話ということもあり、彼女に質問しなければならないのだ。まったく、日本語ですら会話が通じないのに、英語なんてわかるわけがない。
「故郷はどんなところ?」
「過酷な惑星だ。科学技術の発展によって生活レベルは向上したが、代償として我々は自然を失った。環境は汚染され、すでに特殊外装なしでは生きることさえ難しい」
「家族はいますか?」
「カプセルから生み出される我々に厳密な意味での親は存在しない。地球上での親、という意味でならば、父と二人で暮らしている」
「人類の調査は何のため?」
「人類が地球を支配している種族だからだ。地球には水も自然も豊富で、資源も豊富にある。その生態を調査することで、我々の種族の環境保全に流用できるかもしれない」
気がつけば、先生までもが僕に同情的な視線を向けていた。彼女の自己紹介とも地球ともかけ離れた英会話が聞こえたのだろう。
僕はと言うと、いっそ彼女と話す疲労というよりも感心しているくらいだった。
僕の質問から彼女の言葉が発せられるまでの時間は短い。つまり、彼女の頭の中にはそれだけ明確に彼女の宇宙人像が確立されているということだ。
それだけの頭があるなら他のことに回せよ。つくづくそう思う。これだけの美人でこれだけ頭が良いんだったら、いろんなことができるだろうに。
電波は誰とも交わらない
昼休み、屋上で食べようと思ったことに大した理由はない。ただ、同情の視線に晒され過ぎると、どことなく居心地が悪くなるのである。
そんなわけで屋上の扉を開けた僕は、思わぬ光景を目の当たりにすることになった。
なにやらぶつぶつと言葉にならない言葉を呟きながら、手を大きく上げて奇妙な踊りを踊る女生徒。言うまでもなく彼女であった。
彼女は僕が来たことに気がついたのか、踊りをやめてこちらを振り向く。その表情に奇行を見られたことの恥は見られず、どこまでも無機質だった。
「何してんの」
「仲間と電波の交信をしていた」
相変わらず彼女の言葉は最初から最後まで妄想たっぷりだ。僕は、ふと気になって聞いてみることにした。
「調査って言ってたけれど、やっぱり侵略のためなのかな」
彼女は驚いたように目を開くと、やや考えるように首を傾げて、やがて迷ったように口を開いた。
「本来ならば禁則事項だが、お前は見どころがあるから伝えておこう。侵略のためではない。だが、我々の種族の中には侵略を唱える勢力もいる」
「ということは敵なのかな」
だったら、僕にそれを伝えるのはまずいんじゃない? というより、だったら彼女はどうして宇宙人を公言しているのかということにもなるけれど。
「私は地球を好ましく思っている。侵略は望んでいない。できる限り防ぐつもりでいる」
なるほど、つまり彼女の種族の中には侵略を企てているが、彼女自身はそれを望んでいない、と。
「お前は」
「うん?」
「お前は、どうして否定しない」
彼女の瞳は困惑に揺れていた。僕がみんなと同じように否定して突き離さないことを疑問に思っているみたいだった。
それは、彼女が地球人であることの片鱗を見せた初めての瞬間だった。彼女は宇宙に飛び立っていたわけではなかったのだ。僕はおかしくなった。
「いや、だってさ」
彼女は電波を垂れ流した。しかし、それは誰も受け取ることができなかった電波だ。だが、それなら簡単な話だ。
「宇宙人との相互理解は人類の夢だろ」
電波を合わせてやればいいだけなのだ。宇宙人だけじゃない。人間同士だって、受け入れることからなんでも始まるじゃないか。
布団を巻いた自称宇宙人の正体は?
いよいよ都会へ引っ越す日がやってきた。俺が寄宿する叔母さん宅は独り暮らしで、旦那さんも子どももいないらしい。
つまるところ、俺には条件付き独り暮らしが約束されているということに他ならない。無茶苦茶ウキウキしていた。絶頂の絶好調だった。
叔母さん。これから同居人となる。どんな人だろう。実は面識なし。きょろきょろ探索開始。待ち人を探す。
「真くん?」
俺の名前が、探りを入れる調子ながらも呼ばれる。右に首を傾け、声の主を確かめる。三十代って印象の、清楚っぽい女性が俺の目をまっすぐ覗き込んでいた。
「あっ、はい。ご指名の丹羽真です、どうも、いやどうも」
へこへこ頭を下げる。中途半端に謙虚さをアピールしようとして、自分のことながら腹立たしい。
タクシーの後部座席に乗り込む。叔母である藤和女々さんは助手席の方に乗り、運転手に行き先を告げる。
道路の頭上にある地名の掲げられた看板を通過した瞬間、女々さんがくるっと愛嬌たっぷりに振り向いて、にこやかに、逆敬遠したくなる歓迎をされた。
「ようこそ、宇宙人の見守る町へ」
到着した俺の新しい生活の拠点は、いろいろ特筆したいのに自然と書き出せる要素が少なかった。ふっつーなのである。中堅にまとまった家なのだ。
女々さんが和風の戸を横に滑らせ、玄関に呑まれる。俺も続いた。どんな生活の匂いがするかな、と鼻をひくつかせると……と、と、と。
女々さんが靴をするすると脱ぎ、軽やかに家へ上がる。……ちょっと待って。その前に、気にかけることがあんたの足もとにあるだろう。スタートラインがぐにゃりと歪んだ気がした。
俺の新生活にどっさりと『現実』を運び込んできたもの。我が家の玄関に、なんかちくわみたいなのがいた。
玄関の濁りガラス越しに降り注ぐ春の日差しが、粘る汗と軽い寒気を背中に生む。俺の青春ポイント、マイナスに返り咲き。
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