宇宙人も、未来人も、超能力者も、そんなものは存在しない。誰もがそう言って男を嗤った。
男は数十年に及ぶ生涯を、彼らを探し求めることに費やした。そんな男を、人は笑い、馬鹿にして、石を投げた。
そんなの、いるわけないだろう。いつまでそんなことを言っているつもりだ。いい加減、大人になれ。
しかし、男は決して諦めることはなかった。多くの金と時間をつぎ込んで、彼らを見つけようと躍起になっていた。
どうして彼らはそうもいないと断言できるのか。世界中のあらゆる存在を調べてみなければ、いないだなんてわからないではないか。
たかだか自分の知っている百人の人間の中に超常的存在がいなかったからといって、それがいないという証明にはならない。
探し続ければ、いずれは会える。男はそう信じてきた。人生を賭して、探してきた。
しかし、その命もすでに尽きようとしている。すでに男の身体はぼろぼろだった。もう起き上がることすらできはしない。
枯れ木のように乾いた目尻に涙が零れる。彼は悔しかった。ただひたすらに悔しかった。
驚いたことに、今でも、男は彼らの存在を疑ってはいない。きっとどこかにいるのだと信じている。だが、男はついに彼らと出会うことは叶わなかったのだ。
誰もが男の頑なに存在を信じている姿を嗤ったが、実のところ、男もまた、長い人生の中で一度たりともその存在を信じていたわけではなかった。
一度。一度だけである。男は自分のしていることを疑ったことがあった。未来人も宇宙人も超能力者も、いないのだと。自分のしていることはまったくの無駄なのではないかと。
それは男の妻が亡くなった時だった。働きもせず金を費やしていく男を、受け止める度量を持つ妻であった。彼女は男を支えていたし、男は妻を愛していた。
その日、男は手に入れた目撃情報をもとに、遠方へと出かけていた。事件はその間に起こった。
もともと、妻の身体は健常とは言えず、病気がちな女であった。しかし、夫の邪魔をしないように、と、自分の不調を隠す癖があった。
そこまでのことだとは思わなかったのかもしれないし、どうせまたすぐに治ると考えていたのかもしれない。それは今となってはもう、何もわからないことだ。
妻は心の奥底で感じていた不調を隠して出かけていく夫を見送った。彼女は夫を支える杖になりたいと思い、枷になりたいわけではなかったのだ。
昼下がり、掃除機をかけている最中、彼女は突如として倒れた。彼女以外誰もいなかったがために、その事態に気付いた人間はいなかった。
男が一報を聞いて飛行機に飛び乗り、病室に駆け込んだ時にはもう、何もかもが遅かった。
妻はまるで眠っているようだった。しかし、その目は二度と開くことはない。男は彼女に感謝すら伝えることができなかったのだ。
男はそれからしばらく、誰とも会わなかった。それまで精力的に活動していたのをぱったりとやめて、家にこもっていた。
二年後、外に出てきた男を、それまでの彼と同じ人間だと思う者は誰もいなかった。痩せこけて、目は落ち窪み、さながら幽鬼のようだった。
男はそれまでの気楽さとは打って変わって、鬼気迫る形相で超常の存在を探し回るようになった。変わっていない彼に、いよいよ周りの人間たちは失望した。
しかし、彼の内面では大きな変化が起こっていた。妻は自分を信じてくれていた。だから探すのだと。彼は亡き妻のために、探し続けたのだ。
それでも、見つからなかった。男は目を閉じて、内心でひとことだけ呟いた。すまない、と。
男の耳に、誰かの足音だけが聞こえる。
どこかにいる非日常
男の手を、誰かが握る。男が目を開くと、そこには妻がいた。数十年の月日を感じさせない、あの頃の若く美しい容姿のままだった。
男の目から涙が溢れた。彼女は末期の幻なのかもしれない。それでもよかった。妻の姿がもう一度見れたのだから。
「すまなかった」
見つけられなかった。男は妻の手に自分の手を重ねて、祈るように呟いた。しかし、妻は微笑んだまま、首を横に振る。
「いいえ、あなたは見つけたのよ」
とっくの昔にね。妻の悪戯げな微笑みを浮かべている。それは、とても幻とは思えないほどに、男をあの頃へと引き込んでいく。
「あなたは私たちの存在に限りなく近づいていた。だから、あなたを監視するために私は近づいたの」
男は妻の言葉をぼんやりとした瞳で聞いていた。すでに、彼は言葉の意味を受け取ることすらできなくなってしまっていた。
「私が生命活動を停止したことにしたのは、監視の任を解かれたからよ。でも、その後もあなたの頑張りは、ずっと見ていたわ」
だから、最期に、一度だけ。あなたともう一度話そうと思ったの。妻は男の手をそっと包み込む。その微笑みには嬉しそうに赤みがさしていた。
「ねえ、聞かせて。あなたはいったい、どうしてそんなに私たちに、未来人や宇宙人や超能力者に会いたかったの?」
妻の問いに、男が静かに口を開いた。
「私は、ただ、彼らと、話してみたかった」
見つけて捕獲することではない。戦うことでももちろんなかったし、いっそ存在を証明しようとすら、男は思っていなかった。
彼らと話したい。男が人生を賭すほどに追い求め、彼を突き動かしたのは、そんな子どもみたいな願望だったのだ。
男は二度と目を覚まさなかった。それはまるで眠っているようだった。彼は人生の最期に、とうとう願いを叶えたのだ。
ただの人間には興味ありません
宇宙人や未来人や幽霊や妖怪や超能力や悪の組織やそれらと戦うヒーローたちがこの世に存在しないのだということに気付いたのは相当後になってからだった。
いや、本当は気づいていたのだろう。ただ気づきたくなかっただけなのだ。宇宙人や未来人や幽霊や妖怪や超能力や悪の組織が目の前に出てきてくれることを望んでいたのだ。
しかし現実ってのは意外と厳しい。いつしか俺はいるわけねー……でもちょっとはいてほしい、みたいなことを考えるくらいにまで俺も成長したのさ。
中学校を卒業する頃には、俺はもうそんなガキな夢を見ることからも卒業して、この世の普通さにも慣れていた。そんなことを考えながら俺はたいした感慨もなく高校生になり、涼宮ハルヒと出会った。
学区内の県立高校へと無難に進学した俺が最初に後悔したのはこの学校が偉い山の上にあることで、手軽なハイキング気分をいやいや満喫している最中であった。
テンプレートでダルダルな入学式がつつがなく終了し、俺は配属された一年五組の教室へクラスメイトたちとぞろぞろ入った。
担任の岡部なる若い青年教師は教壇に上がるや明朗快活な笑顔を俺たちに向け、ひとしきり喋り終えるともう話すことがなくなったらしく自己紹介をしてもらおうと言い出した。
出席番号順に男女交互で並んでいる左端からひとりひとり立ち上がり、だんだんと俺の番が近づいてきた。緊張の一瞬である。わかるだろ?
なんとか噛まずに言い終え、解放感に包まれながら俺は着席した。替わりに後ろの奴が立ち上がり、後々語り草となる言葉をのたまった。
「東中学出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」
さすがに振り向いたね。えらい美人がそこにいた。ハルヒは喧嘩でも売るような目つきでゆっくりと教室中を見渡し、にこりともせずに着席した。
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