突然、教室に宇宙人でも入ってこないだろうか。授業中、いつでも私はそんなことを考えていた。
誰しも、一度は考えることではないだろうか。宇宙人でなくても、たとえば、悪人だとか、あるいは怪物だとか。
とにかく、何者かの闖入によってありふれた日常の光景が壊される、そんな未来を。
マンガのパニックホラーなんかはそうだ。普段通りの日常が、突然の異常によって完膚なきまでに変わり果ててしまう、なんて。
それはつまらない授業が嫌いなのかもしれないし、先生が嫌いだからかもしれない。
あるいは、ヒーローになりたいからかもしれない。クラスメイトの危機を救って、ちやほやされる自分の姿。壊される日常はその布石でしかないのかもしれない。
人は誰しも非日常を求めている。普通でないことに憧れ、漫画やアニメのような世界で、自分が活躍することを夢に見ているのだ。
成田良悟先生の『デュラララ!!』という作品を思い出す。池袋を舞台として多くの登場人物の入り乱れる群像劇だ。
竜ヶ峰帝人はすごい名前を持つわりに、何の変哲もない、普通の青年である。彼は池袋の高校に入学することになった。
彼は池袋に来た最初の日、友人の紀田正臣の案内で、首無しライダーを目の当たりにするのだ。
まさにそれは非日常の象徴だ。帝人はその存在に魅了される。池袋の裏で起きている、自分の知らない世界に。
非日常は、けれど、すぐに日常になってしまう。首無しライダーだって、一度は感動するかもしれないが、二度目は見慣れたものとして流し見てしまうだろう。
学校に悪人が入ってくるのも二度目ともなれば、防災訓練のように淡々とし始めるに違いない。ああ、またか、みたいな冷めた目をしながら。
日常が壊れるのなんて一瞬だ。非日常は何度も続けばすぐに日常に取り込まれてしまう。
けれど、それでも私は帝人が羨ましかった。物語の中で、彼の立ち位置にすり替わりたかった。
たった一度。たったの一瞬。そんな非日常すらも、現実では起こることはない。あるのは延々と続く退屈な日常だけだ。
物語はいつだって日常が壊れて始まる。だったら、現実はまだプロローグのまま動いていないということだろうか。
「今日も来たから掃除しといてね」
先輩の言葉に返事をして、私は机の上に置いていたスコップを手に取る。ああ、まったく、退屈な日常だ。いっそ首無しライダーでも来てくれればいいのに。
非日常な日常
スコップで頭を吹っ飛ばすのも、もう慣れたもので、今では特に苦労もなく考え事をしながらでも、何の不足もなく対処できるようになってきた。
危険と隣り合わせのことでも、慣れてしまえば、スリルも何にもない、ただの作業でしかなくなってしまう。
あの頃に戻りたいな。世界が滅んだあの瞬間に。私はスコップを振るいながら、そんなことを考えていた。
突然、クラスメイトのひとりがゾンビになった。それから先生が、親が、誰もがゾンビになっていった。
噛まれればゾンビになる。ホラー映画で見たようなことが、まさか現実でも起こるなんて。
私はその時に覚えたのは、感動だった。現実にも、まるで物語のような非日常が起こったのだ。
もう少しで噛まれそうになっている時ですらも、私は最高に楽しかった。そのまま、なんだかんだで生き残ってしまって、今に至る。
けれど、楽しい気分は長くは続かなかった。ゾンビの対処なんて手慣れたもので、襲ってくる毎日は日常となった。
そうなってくると、また退屈になる。楽しかった非日常は、あっという間に日常になってしまう。
ふと、私の中に、あるひとつの考えが起こる。それは頭の中にどこかにあったけれど、今まで見向きもしなかった素晴らしい考えだ。
いっそのこと、抗うのをやめてしまえば、この日常から解放されるのではないだろうか。
私は脱力し、スコップを下ろした。汚れた牙と呻き声が私に迫ってくる。痛いだろうか。痛いだろうな。
けれど、非日常は待っているだけでは来てくれない。日常は壊そうとしなければ、決して壊れやしないのだ。
だったら、ゾンビになった後はきっと今より楽しくなる。だって、常に変わり続けないと、あの退屈な日々にまた戻ってしまうのだから。
池袋へようこそ!
帰りたい。少年は呟いた。人の色に塗りつぶされる広大な地下空間――池袋駅の中央で、少年は人の空気に気圧されて自らの目的を忘れかけてしまっていた。
少年――竜ヶ峰帝人は、腹の奥に奇妙な躍動のようなものを感じながら、それを不安からくるものだと判断した。
五度目くらいのため息を吐いたところで、聞き覚えのない声がかけられる。自分の名前を呼んだ相手の顔に、待ち合わせをしていた幼馴染の面影を感じ取った。
幼馴染の紀田正臣に説明されながら、二人は地下道が狭くなっている場所に入り、地上に向かうエスカレーターへと向かう。
街を歩く人間は多岐に及び、サラリーマンからフリーター風の若者、女子高生や外国人までさまざまな種類の人間が混在している。
正臣にとっては見慣れた光景だったが、帝人にとっては何もかもが新鮮に見えた。今までインターネットやマンガでしか見ることのなかった世界が目の前に広がっている。
不意に、奇妙な音が聞こえてきた。帝人はその音がエンジン音であると判断する。動物の唸り声のようにも聞こえた。
思わず立ち止まって様子を窺う帝人に対し、正臣は無表情なままだったが、その目にはどこか期待に溢れるように輝いていた。
帝人は、正臣が前にもこんな目をしたことを思い出した。ちょっとした非日常を垣間見た時と同じ目をしていた。声をかけるべきだろうかと迷っているうちに、彼らの前に、その存在が現れた。
ヘッドライトのない漆黒のバイクにまたがった、人の形をした影。それが車の間を縫って、帝人たちの前を音もなく走り去った。
帝人は自分の全身が小刻みに震えていることに気がついた。恐怖ではなく、ある種の感動のようなものに全身が支配されているのだ。
すれ違う瞬間、帝人はヘルメットの奥に目を向けた。微動だにしないその頭部からは、およそ目線というものが感じられない。まるで、ヘルメットの中には何も存在していないかのように。
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