この我のものとなれ、勇者よ『まおゆう魔王勇者』橙乃ままれ


「もし、わしの味方になれば、世界の半分をやろう」

 

 

 玉座に座る魔族の王は重々しい口調でそう言った。彼の前に立つ勇者は剣を構えたまま目を見開いた。

 

 

 玉座から感じられる威圧感は今まで勇者が戦ってきた魔物の頭領たちの非ではなかった。まさしく、魔物を統べる王の持つ圧倒的な重圧であった。

 

 

 魔王は自分の問いかけに答えを待つように声を出さない。その表情にはかすかな笑みが見える。それは、勇者が自分の言葉に反するとは夢にも思わぬような、余裕を感じさせた。

 

 

 そして、その笑みには、今まで彼の部下を屠ってきた所業すらも許して仲間に引き入れるという器の大きさがあった。

 

 

 同じ王でありながらヒノキの棒と鍋のフタを持たせて旅に送り出した人間の王とは比べ物にならない器量の大きさが垣間見える。

 

 

 今すぐにでも彼の足許に膝を屈してしまいそうなほどの威圧感。今、勇者の膝を立たせているのは、彼の後ろに連なる仲間たちの棺桶の重さだけである。

 

 

 散っていった彼らの想いを裏切ることはできない。勇者は当然のように断ろうとして、ふと、言葉を止めた。

 

 

 今まで魔王を倒すための旅の中で、いくつもの国を見てきた。人間の国も、魔物の国も、だ。

 

 

 国王の散財のために国民が犠牲になっている国もあったし、敵の襲撃による貧困に喘ぐ民を救うために私財を投げ打った国王もいた。

 

 

 国王の力が弱く、貴族による腐敗した政治が当然のようにまかり通っている国もあれば、教会が国王よりも強い権力を持ち、裏で魔物と通じていた国もあった。

 

 

 国によってその形は様々で、国民も国王も貴族も騎士も、国によってその姿を変えた。欲に塗れた悪人であることもあれば、高潔な人物であることもあった。

 

 

 そして、それは人間の国に限ったばかりではない。

 

 

 人間の国は血統が地位を分けるが、魔物の国は強者こそが上に立つ社会だ。魔王への忠誠が頂点に立つが、その重さもまた、国によって異なってくる。

 

 

 武人のように弱気を守ることを信条とした魔物もいれば、強者の特権とばかりに弱者を虐げる魔物もいた。

 

 

 魔物も人間も、そう変わらない。それが勇者がいろんな国を見てきたうえで作られた考え方だった。

 

 

 魔王から世界の半分をもらうこと。それはつまり、世界の半分を勇者である自分が統治するということだ。

 

 

 もしも、自分ならば。自分が統治したならば、あのような不幸に喘ぐ国民たちを救えるのではないだろうか。

 

 

 勇者が問いに対して葛藤する姿を、魔王は笑みを浮かべながら黙って見つめていた。

 

 

世界の半分の譲渡に関する締結

 

「魔王、質問がある。構わないか?」

 

 

 いいぞ、言ってみるがいい。魔王は頷いた。ならば、と勇者は自分の疑問を頭の中でまとめていく。

 

 

「まず、世界の半分をくれる、というのはつまり、世界を半々に分けて統治する俺と魔王が、対等だということだろうか」

 

 

「いいや、そんなことは言うまでもない、わしの方が上だ。つまり、わしがお前を部下として雇い、そのお前に統治を任せるということだ」

 

 

 つまり、実質的な統治の権限は魔王が有しているということになる。勇者の治める国は、魔王の傀儡国家として樹立するということだ。

 

 

 まあ、そうだろう、と勇者は思った。自分と同じだけの領土を持つ新国家が樹立するというのは、魔王にとって百害あって一利ない。

 

 

 敵対していた勇者が対等な隣人として隣に立つだけである。つまり、味方とも敵ともつかない、より厄介な存在に変わるだけの話だ。

 

 

 ならば、配下に加えた方がいいのだろう。勇者には国を治めるノウハウなどあるわけもなく、魔王が助力するという形で貸しを作るとともに国政に関わることができる、というわけだ。

 

 

 勇者は再び思案する。今まで出会った魔物は魔王に対する絶対的な忠誠を誓っていた。反発を抱いているのは、一部の、人間に友好的な魔物だけであった。

 

 

 それはつまり、魔王が内政統治に優れた君主であることの証明だろう。自国の不平不満を、上手く人間へとぶつけさせることに成功しており、自分のカリスマを揺るがせない。

 

 

 少なくとも、今まで出会った人間の貴族よりはよほどましな統治者だろう。ならば、下につくのも悪くはないのかもしれない。

 

 

 しかし、どうだろう。ここで魔王の下につくということは、すなわち勇者である自分を信じてくれた仲間たちへの裏切りになるんじゃないか。

 

 

 自分の背に背負った棺桶。彼らは果たして、そんな結末を望んでいたのだろうか。勇者の勝利を信じてくれたのではなかったか。

 

 

「どうする? 勇者よ」

 

 

 俺は。俺の答えは――。

 

 

経済で見る魔王と勇者のファンタジー

 

 勇者が旅立ってから三年の月日が流れた。南部を中心に魔族との小競り合いは多発し、魔物による被害は悪夢となって人々を苦しめた。

 

 

 そんな混迷の世情の中、勇者一行がもたらす魔族討伐の報せは、中央諸国家における民衆の大きな希望でもあった。

 

 

 しかし、一方その勇者当人は、遅々として進まぬ魔界攻略に業を煮やしたのか、あるいは他に理由があるのか、三人の仲間とも離れ、単身魔王の住む城へと向かっていたのである。

 

 

 はたして、兵も罠も置かないまま、魔王はそこにいた。勇者に対して威圧するでもなく、当然のように挨拶を交わして。

 

 

 魔王は女性だった。彼女の敵意の感じられない振る舞いに、勇者は勢いを削がれるも、罠と疑う警戒心を手放してはいなかった。

 

 

 そんな勇者に対して、魔王は驚きの行動に出た。勇者に対して交渉を持ち掛けたのである。

 

 

 彼女が説明し始めたのは、戦争の必要性だった。彼女の講釈によると、戦争はすでに社会の経済機構として根付いてしまっている、と。

 

 

 つまり、今ここで魔王を倒しても、戦争が終わるわけではないという証明であった。

 

 

 丘の向こう側が見たい、と魔王は言った。まだ見たこともないようなものを見たいのだ、と。そのために、彼女は自分自身を交渉の材料として勇者を求めた。

 

 

「この我のものとなれ、勇者よ」

 

 

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