かっこよくて、かわいい恋人もいて、友達もたくさんいて、勉強もできる。誰からも愛され、なんでもできる奴。ああいう奴はいったい、何を考えて生きているのだろう。
そいつはいわゆる、「リア充」というやつだ。リアルが充実している、ということ。俺みたいに、教室の隅でひっそりと息を殺しているようなのとは違う。
僻み。嫉み。妬み。嫉妬していないといえば、嘘になる。俺とあいつの何が違うのか。顔か。性格か。才能か。俺はどうすれば、あいつのようになれるのか。
世の中はなんて理不尽なのか。世界は二つに分かれている。あいつは日の当たる場所にいて、俺はずっと湿った日陰で身を隠している。
俺だって、太陽の下に出たい。女にモテたい。たくさんの友達に囲まれて。いい成績がとれるようにも。今まで俺は、そう思っていた。
それが変わったのは、一冊の本を読んでから。今でも嫉妬は捨てきれていないが、それでも、あいつのようになりたいとはもう、思わなくなった。
遠野遥先生の、『破局』。物語の語り手となる陽介は、勉強ができて、スポーツに秀で、信頼厚く、美人の恋人を持つ、まさにあいつのような男だ。
だが、そこに描かれているのは、リア充の男の満ち足りた生活、では決してない。
スポーツに打ち込んでいる時も、女を抱いている時も、男の内面を描き出した文章は、あまりにも平易で、淡々としていた。
そこには俺が羨んだような楽しみなんて、どこにもなかった。ただ空虚で、感情なんてどこにも見えず、まるで人形の自分が生活しているのを、どこかで眺めているかのようだった。
対照的に、陽介の周りに現れる二人の女は、なんて感情豊かなのだろう。いっそ生々しいくらいに。
最初に陽介と交際していた麻衣子。物語の開始時点ではすでに二人の仲は冷めきっていた。だが、陽介と別れた途端、彼女は異なる顔を見せ始める。
そして、陽介に迫る奔放な女性、灯。活発で明るかった彼女の一面は、陽介との出会いを経て、暴走していく。
二人の女性に振り回される。陽介は誠実であろうとした。だがそれを、女としての「悪意」が結末をタイトルの通りの結果へと導いたのだ。
次第に捻じ曲がっていく三人の歪な関係。だが、それらの根幹にはやはり、陽介の内面に潜む「空虚」があるように思えてならない。
他人から見たその人は順調で幸せな人生を送っているようであっても、本人が必ずしもそう思っているとは限らない。
人の欲に限りはない。むしろ、彼らは望めば手に入るからこそ、陽介のような空虚を心に飼っていることだって、あるかもしれないのだ。
そう思えば、恵まれていることも「呪い」のようなものだろう。彼らが日差しの下にいるのもまた、彼らの不幸のひとつとなる。
やっぱり、平凡が一番だ。こうして日陰で涼みながら、あいつに嫉妬をするのがいっそ、もっとも気楽で幸せなことなのかもしれないな。
あいつにもしも破局が訪れたなら、その時は言ってやるよ。ほら、ざまあみろってな。
破局へと向かう足音
一年の時からライブを見に行っていたし、膝に連れられてサークルの打ち上げに顔を出したこともあったから、教室の外で何人かの知り合いに会った。
宮下という商学部の男が、私の知らない後輩らしき女に、膝の友だちだと私を紹介した。
膝さんってちゃんと友だちとかいるんですねと女は笑った。嫌な女だと感じたから、私は笑わなかった。女が笑うのをやめたので、私は笑うべきだった。
「俺、今でも覚えてるよ。膝が陽介をサークルに誘ってな。俺とコンビ組まないかってしつこくて」
嫌な女が笑いながら私の方に顔を向け、仲良しなんですねと言った。仲良しだと私は言った。この嫌な女は、よく見ると顔が良かった。
教室はそれほど大きくなく、開演間際になって中に入った私は、ほとんど席を選ぶことができなかった。両隣を女に挟まれた席が目に入り、女に挟まれた席に決めた。
左の女は長いスカートを穿き、携帯電話に「豚野郎」と大きく書かれたシールを貼っていた。右の女はショートパンツを穿き、脚を露出させていた。
新入生に向けたMCが終わると、普段のライブと同じようにネタ見せが始まった。
不意に、右側の脚を出した女が、漫才を見ていないことに気付いた。口元に手を当て、前屈みになって下を向いていた。
私は大丈夫かと声をかけ、彼女の左肩に軽く触れた。彼女は小さく頷いたけれど、私が外に出ようと言うと、もう一度頷いた。
階段を下り、校舎の外に出ると少し風が出ていた。近くのベンチに彼女を座らせ、自動販売機で水と温かいお茶を買った。彼女は水の方を選んだ。
カフェラテを飲んだのがいけなかったのだと、彼女は言う。カフェラテを口にすると、時々気分が悪くなるという。
「でも、けっこう治りました。いつも、そんなに長くは続かないんです」
それなら教室に戻るかと聞くと、もういいと彼女は言った。もう少し彼女と話していたかったから、私には都合が良かった。私は彼女の名前を聞いた。灯というのだと彼女は言った。
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