アリスの冒険を解説付きで楽しむ『詳注アリス』マーティン・ガードナー/ルイス・キャロル


「やあ、みいちゃん」

 

「みいちゃんじゃないわ、チェシャ猫さん。私、アリスよ」

 

アリスが頬を膨らませて言い返すと、チェシャ猫はにやにやと笑って尻尾を揺らした。

 

「いいや、みいちゃんさ。そして、愛ちゃんでもあるし、あやちゃんでもあるし、綾子さんでもあるし、すず子ちゃんでもある。もちろん、アリスというのも君の名前だ」

 

「誰なのよ、それ」

 

「だから、君の名前さ」

 

「だーかーらぁ! 私はアリスだってば!」

 

「だからそう言っているじゃないか」

 

アリスはう~~と唸って、けれど、やがて諦めたように息をついた。そもそも、この世界では話が通じないのなんてよくあることだったわ。

 

「言葉はひとつじゃないってことだよ」チェシャ猫が言った。

 

「どういう意味よ」

 

「僕たちは今、どの言葉で話していると思う?」

 

「クイーンズ・イングリッシュよ。もちろん」

 

「いいや違うね。原作の僕たちはルイス・キャロルが書いたものだから英語だけれど、今の僕たちは日本人が書いている偽物だから日本語で喋っているのさ」

 

私、偽物なの? アリスは途端に不安になった。なんてことかしら、だったら、急いで英語を話せるようにならないと。

 

「無駄だよ、なにせ、英語の成績はクラスでも一番悪かったんだからね。だから『不思議の国のアリス』を好きだって言っているくせに、その本当の面白さがちっともわかっちゃあいないのさ」

 

「なんで日本語じゃあダメなのよ!」

 

「だって、君、アリスに出てくるノンセンス詩はほとんど言葉遊びだぜ? 日本語に訳されたのを読んだって、その面白さがわかるわけないじゃないか」

 

「そんなあ」アリスは哀しくなった。泣きそうになったけれど、必死にこらえる。今のアリスは身体が大きくはないけれど、かつて自分の涙の池で溺れかけたことを思い出したからだ。

 

「英語を勉強する以外に何か方法はないの? 教えてくださらないかしら、チェシャ猫さん」

 

「だったら、『詳注アリス』を読むしかないね」

 

「『詳注アリス』って何?」

 

チェシャ猫はアリスの頭上を浮かびながら言った。「マーティン=ガードナーがまとめた『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』の解説書だよ」

 

本文ももちろん載っているから、ただ物語を読むだけでもいいんじゃない? ただ、そうなると分厚いこの本の意味がなくなるけどさ。猫は鋭い歯を見せてにやにやと笑う。

 

「じゃあ、その本を読めば、英語が出来なくてもいいのね?」

 

「いや、そういうわけじゃないよ。楽しいお話が、もっと楽しくなるってだけさ」

 

「あなたがそれを言うの? 公爵夫人の家では目立たなかったし、帽子屋のお茶会に行く直前と、首を切ろうとするトランプ兵たちをからかっていたくらいでしょ」

 

「原作じゃない作品では僕はたくさん出てくるじゃないか。だからいいんだよ」

 

「たしかにそうねぇ。羨ましい。私なんて、たまに男になったりするし」

 

「勇ましいからね。ほら、『詳注アリス』をもう持っている」チェシャ猫が言うので自分の手を見てみると驚き! そこには、ずしりと重い一冊。『詳注アリス』だ。

 

「わからないなら読んでみるといい」

 

「わかったわ」

 

「読んだかい?」

 

「まだ一ページも開いてないわよ」

 

アリスはページをめくる。そこには、今まで見たこともないような『不思議の国のアリス』の楽しさがあった。解説があることで、今までわからなかったものが、わかるようになったのだ。

 

「この本凄いわ! 魔法みたい!」

 

アリスはますます深くまで、物語のうさぎ穴へと落ちていく。夢から覚めるのは、まだもう少し先の話になりそうだ。

 

 

アリスの解説

 

『アリス』に詳注本? また余計なことをという声が、いきなり聞こえてくるようだ。アリス物語が学者たちのしかつめらしい研究の対象になり、苦言を呈していたのは、たしかギルバート・K・チェスタトンだった。

 

『アリス』物語をあまり大真面目に読むなというチェスタトンの言い分には大いに一理ある。しかしジョークはどこがどうだから笑えるのだということがわからないと、そもそもジョークにならないわけで、時にはそこの説明は必要なのだ。

 

『アリス』について言えば、我々が相手にしているのは別の世紀の英国人読者のための非常に変わった複雑なノンセンスなのであって、その切れ味、その趣向を十分に楽しもうとすれば、文章本体には出てこないことを実はいろいろと知っていなければならない。

 

この物語は永遠不滅だと言い切れるのは『アリス』を楽しんで読み続ける読者が大人たち――とりわけ科学者、数学者たち――であるからだ。本書の詳注はもっぱらこうした大人の読者を対象にしている。

 

『詳注アリス』はいつだって一種のパリンプセストだった。新しい本になるたびにガードナーは必ず注を足し、誤りを直した。

 

今あなたが手にしておられる本は、『詳注アリス 決定版』が出て以後の、新研究、新アイディアを取り入れた百以上の注を加えたり、アップデートしたりして出来上がっているのである。

 

 

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