琵琶湖の周りに住む摩訶不思議な一族『偉大なる、しゅららぼん』万城目学


 まるで海のようだ、と初めて見た時、思った。その遠い水平線が湖だと聞いた時は、心底驚いたものである。

 

 

 都道府県を突然見せられて、「ここはど~こだ?」なんて言われた日には、塵が大の苦手な私は一瞬答えに迷うところだけれど、唯一即答できるのが滋賀県であった。

 

 

 なぜか。簡単な話。地図の上から見てみれば、滋賀県には真ん中にぽっかりと穴が開いているからである。その巨大な湖の名を、琵琶湖という。

 

 

 『偉大なる、しゅららぼん』というなんだかオモシロイ題名の本を読んだ時、私は過去に一度だけ見たような見なかったような琵琶湖の光景に引き戻された。

 

 

 日出家は代々琵琶湖の周りで強い権力を誇っている一族であった。土地の権力者は着任したらまず日出家に挨拶に来る。彼らの一族の一声で地位を追われることにすらなるのだ。

 

 

 日出涼介はそんな日出家本家へと奨学生として住むことになった。日出家の人間はみな、そうすることになっているのである。

 

 

 日出家は代々奇妙な力を持っていた。それほどの巨大な権力を持っているのも、その力を思いきり駆使してきたからである。

 

 

 それは水を操る力。人体に流れる水を操り、他者の心を操作する。それが彼らの力の秘密であった。

 

 

 力を厭う涼介は、力を制御する方法を身につけることを目指して、本家の息子、淡十郎とともに学校に通う。真っ赤な制服を着て。

 

 

 さて、そんな話なのだが、まず気になるのは『しゅららぼん』という謎の存在だろう。聞き流すには、不思議と無視できない、心惹かれる語呂の良さがある。一体なんだろうね。

 

 

 もちろん、その正体も読んでいけば自ずとわかることなのだが、私は読む前からこの作品を知っていた。その頃から、すでに私の心は『しゅららぼん』に囚われていたのだ。

 

 

 思い出すのは映画『偉大なる、しゅららぼん』の予告コマーシャルである。赤い学ランを着た濱田岳さんの顔がどうにも忘れられない。

 

 

 全ての謎は水の流れの中に呑み込まれ、琵琶湖の湖底に沈みこんでいる。拾い上げるには、本を読むがよかろう。映画でもよい。

 

 

 私は日出家ではないし、生憎と水を操る力も他人の心を操る力もちゃんちゃら持っていないのだが、しかし、琵琶湖を眺めるとどこか不思議な感傷に襲われる。

 

 

 日本最大の湖。そこには、私たちの常識を超えるような巨大な秘密があるように思えてならないのだ。

 

 

 湖には、古来より神が棲むと聞く。そこらの湖にも神がいるならば、琵琶湖に住まう神は果たしてどれほどの大きさがあるだろうか。

 

 

 その海とも見違える巨大な湖畔から感じるのは、圧倒的な自然の雄大さである。この湖は人間が住むよりも遥か昔からこの地にいて、世界を見てきたのだ。

 

 

 人間はなんとちっぽけな存在なのだろう。つくづくと思う。彼らにはきっと、人間のことなんて小さすぎて何の目にも入っていないのだろう。

 

 

 水を手で掬ってみても、指の隙間から流れていく。そこにある自然の力は、決して人間の小さな手に収まるような代物ではないのだ。

 

 

水を操る一族

 

 卒業式の帰り道、四月から通う高校を同級生のヒロやんに訊ねられ、「石走の親戚が城を持ってるから、下宿して、そこから通う」と正直に答えたら、肩を小突かれたのは、まさしく僕の不徳の致すところである。

 

 

 そもそも、僕は小学生の頃から、その場の勢いで適当に話を作ったり、ハッタリをかましたりして、よく嘘つき呼ばわりされる困った子どもだった。

 

 

 その癖は中学校に入ってからもさして変わらず、ないことないことばかり吹聴する妙な男を三年間、教室で演じ続けた。

 

 

 僕は兄のように、温厚で忍耐力のあるタイプではないし、父のようにこつこつ真面目に働けるタイプでもない。

 

 

 小学校の中学年あたりから、自分という存在に向き合い始め、以後、性格が妙な方向にねじ曲がってしまったのは、今振り返っても、ごくごく自然な成り行きだったと思う。

 

 

 小学四年生の時、ついた嘘が原因で母が学校に呼び出された時も、父は決して僕を叱らなかった。

 

 

 父は知っていたのである。ほんの数日前、十歳の誕生日を迎え、改めて日出家の真実を知らされることになった僕が強い混乱に陥っていることを。

 

 

 本家に行くことは得体の知れぬ魔窟へ足を踏み入れるようで、正直なところ今もあまり気が進まない。

 

 

 だが一方で、この石走行きを僕はずっと心待ちにしていた。十歳の誕生日以来、ようやく自分と折り合いをつけられることへの期待がそれに勝った。

 

 

 米原行きの電車に揺られ、僕は左の車窓に切れ切れに現れる、傍目には海のようにしか見えない、広大な汀を眺めている。

 

 

 その汀の主は、どういうわけか僕に生まれながらにして妙な力を押しつけてきた。そのことについて僕は今でも相手を憎んでいるが、絶対に勝てっこないことも知っている。

 

 

 その永遠に敵わない相手である琵琶湖は、今日も陽の光を存分に受け、ずいぶん偉そうに青空の下で居座っていた。

 

 

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