ぱんぱんと柏手ふたつ。お賽銭箱には五円を一枚。今年こそどうか、ご縁のありますように。
日頃不信心の私が突然にお参りに行くと思い立ったのは、何も突然に信心に目覚めたというわけではない。
ただ、『パーマネント神喜劇』を読んだのがきっかけであった。我ながら影響されやすさに笑ってしまうほどだが、これが性分なのだから仕方がない。
縁結びの神様の仕事は、言霊を吹き込んで、世の悩む若者たちの運命をつないでいくことである。
彼の手助けを受けて若者たちは淡い恋物語を紡ぐ。私もまた、読みながら思わず胸がときめいたものである。
一方で、それを仕事としている神様はというと、まるで人間のように昇進やヘルプの話をしていて、人間よりも人間臭い。
それが人間だとすればなんとも俗な、と思うものだが、それが神様だと思えばなんとも愉快になるのだから面白いものである。
ときめいて、笑って、ほっこりして、心地よい読後感に包まれながら、「そうだ、神社行こう」と思い至った。そうして出向いた次第である。
地元には小さな神社があった。何を祀っているのかは知らない。そもそも縁結びの神様かどうかもわからない。けれど、神様なら何とかしてくれないかな。駄目かな。
神社には参拝客のひとりもいない。当然である。初詣の時期ならまだしも、今日は平日。昼日中。いたとしても近所の爺様くらいだが、彼は腰を痛めていると聞く。
ひとりだけいる巫女さんが小さく会釈してくれた。掃除中らしい。退屈そうに心あらぬ瞳をして、竹箒を左右に振っていた。
目を閉じて、手を合わせながら思う。良きご縁のありますように。できれば早めがいいけれども。
私も今や二十の後半。世間ではまだ若いと言われつつも、やはり三十が見えてきて彼氏のひとりもいないとなると、焦りや羨望のひとつも出てくるというもので。
神頼みするほど切羽詰まっているわけではないけれども、相手と思しき異性もおらず、結婚なんて影形も見えやしない。
恋をしたい。そう思ったのはやはり、『パーマネント神喜劇』に当てられたのだろう。
誰か神様がいないものかなと見回してみても、もちろん誰もいない。そもそも、仮にいたとしても神様らしからぬ風貌なのかもしれないし。
どうにも神様が身近な存在に思えてならないのは、やたらと人間臭い神様の物語を見ていたからであろうか。神様からしてみれば不敬者なのかもしれないけれど。
お守りを見に行ってみると、例の巫女さんがいた。並んでいるお守りを見る。家内安全。そればかり。
そもそも家内を得るために来たのに、安全を祈るまでもなかろう。何も買わないと申し訳ないから適当なおみくじを引いて、その場から離れた。
縁結びの神様ではなかったのかもしれない。仕事を増やしてしまったのなら申し訳ないな。おみくじを開いてみる。末吉。微妙。待ち人。待たずとも来る。ほーん。
「あ」
不意に、神風が吹いた。私の指先からおみくじの紙が風に掠め取られ、参道を駆けていく。
思わず視線で追いかけていくと、その先にひとりの男性がいた。スーツを着た同年代くらいの男である。なぜそんな恰好で神社に来たのか。
視線が合ったので会釈をしたら、相手もまた、会釈を返してきた。巫女さんがぼんやりと私たちを見ている。そういえば、おみくじの紙、どこへ行ったかな。
神様が縁を結ぶ恋物語
みなさま、こんにちは。えへん、こんにちは。こうして自分のことを語るなんて、経験がないもので、緊張します。おほん、緊張します。
え? いちいち二度、言わなくてよい? 了解。了解しました。あ、今のもいらないってこと? なんだか、難しいね。
だって、私の場合、同じ言葉を二度繰り返して、それを言霊に変えて外の世界に送り出すのが仕事だからね。
どのくらい前から、この仕事をしているか? 細かくは忘れてしまったけど、ざっと千年くらいかな。そう、最初の配属先がここで、それから一度の異動もなく、ずっとこの場所でお勤めしてる。
そろそろ本題に入りたい? オウケー。何でも訊いてよ。
あ、その前にひとついいかな? ええと。なんというか、これがもし本になった場合、その、いくばくかは私のところにも入ってくるんだよね?
あ、そうなんだ。実際の実入りよりも、お偉方の目に触れることで昇進のチャンスがぐっと増すってことね。
そうなると、なおさら、あんたには良い本を書いてもらわなくちゃ。もちろん、私に同行してくれて構わないから。
さっそく、何から話そう。私の専門? そっか、そういうところから始めるわけね。なんだか照れるね。
おほん。私の専門は「縁結び」です。小さいなりにも由緒正しき、この縁結び神社を預かる神でございます。そう、縁結びね、縁結び。あ、気張ったついでに言霊飛ばしちゃった。
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