叱る側の苦悩『叱られる力』阿川佐和子


「何度言ったらわかるんだ!」

 

 

 怒鳴った後に、彼女の目に涙が溜まるのを見て、俺は思わず「しまった」と思った。

 

 

 彼女は最近新しく入ってきたばかりの、若い女性社員である。美人で男性社員からの人気も高く、朗らかな性格をしている。

 

 

 しかし、仕事に対する姿勢は、未熟だとしか言えないだろう。技術や手際は入ってきたばかりだから仕方のないことだが、彼女には成長を望む姿勢がなかった。

 

 

 簡単な仕事であっても、自分がやりたくない仕事はすぐに同期や上司の男に甘えて頼む傾向があった。彼らもまた、彼女に良く思われたいから断れない。

 

 

 今もまた、涙を流す彼女を見て、俺に向けて非難するような視線を向ける。彼らと彼女を見ていると、いつから会社はキャバクラになったのかと思ってしまう。

 

 

 彼らは自分を騎士のようなものだとでも思っているのか、彼女を守ろうとするその行動が彼女自身の成長を妨げているとは思ってもいないらしい。

 

 

 私は思わずため息を吐いた。仕事に慣れようとしない彼女の姿勢も、騎士気取りの勘違い男どもも厄介だ。

 

 

 どうにかしてやりたい。だが、叱ると泣かれるのならば、いったいどうやって伝えればいいのか、皆目見当がつかなかった。

 

 

「……もういい! 次は気をつけろよ」

 

 

 俺がそう言うと、彼女は涙ぐみながら席に座る。さっそくその周りに同期の男どもが集まって慰め始めた。頭がおかしくなりそうな光景だ。

 

 

 彼らだけでなく、女性社員からもいくつか非難の視線が飛んできている。その中で、同情をしてくれているらしい年配の女性社員の視線だけが癒しだった。

 

 

 コトッ、と軽い音がする。湯気が立ったコーヒーだ。見ると、同期としてずっと支え合ってきた彼女が「おつかれさま」と視線で労わってくれた。

 

 

「これ、読んでみます? おすすめですよ」

 

 

 そう言って彼女が差し出してきたのは、『叱られる力』という本だった。阿川佐和子という人が書いたらしい。

 

 

「『叱られる力』とありますけど、エッセイですよ。最近の若い人たちに叱る立場の人たちの苦悩とかが書かれていて、共感できます」

 

 

 ああ、ありがとう、読んでみるよ、と返すと、彼女は微笑んで、自分の席に戻っていった。私もまた、仕事に戻る。

 

 

 彼女もまた、部下を持っていた経験がある。その頃には随分と接し方がわからず迷っていて、店では延々と彼女の愚痴を聞かされた。

 

 

 嫌いだから叱っているわけではない。成長してほしいから叱っているのだ。だが、それが伝わらないのは切なく思う。

 

 

 俺たちの伝え方も悪いのだろう。頭ごなしに怒鳴るのではだめなのもわかっている。だが、腫れ物に触らないように接するというのもおかしいような気がする。

 

 

 時代は変わった。俺たちのやり方は通じない。どうすれば現代の叱られ慣れていない彼らに伝わるのか、新しいやり方を考えなければならないのだろう。

 

 

 丁寧にしなければならない新人ではなく、これからもともに仕事をしていく、かけがえのない仲間として。

 

 

叱ることの苦しさと、叱られ慣れていない若者

 

 自分の仕事や行動、発言が、他人のさりげない言葉によってその真意を明かされることはままあります。

 

 

 私自身は、今までインタビューした時のエピソードをひとつずつ思い出して綴っていっただけのつもりでしたが、それが一冊の本にまとまってみれば、総じて「受信力」と評された。

 

 

 しかし、たとえそうだとしても、今、なぜ多くの人の共感を得たのか。それが「受信力」というのなら、どうして人々はそれほどまでに「受信力」を求めているのか。

 

 

 皆さんどうしてそんなに、「人に話を聞く」、あるいは「相手の気持ちを探る」ことで苦戦しているの? いったい世の中、どうなっちゃったんだろう……。

 

 

 人に問われたり、あるいは人と話をしたりしているうちに、自らの性格や数々の習性の整理がつくことはあります。

 

 

 聞き手の前でだらだらぐだぐだ話をするうちに、常々心に引っかかっていたことではあるけれど、やっぱりそうなんだなあと思い至るきっかけになることは、あるのです。

 

 

 『聞く力』の取材を受けることがきっかけとなって、新たな疑問や関心も次々に湧いてきました。そして、今まで知らなかった今の時代の人々の心の内側がチラチラと見せ始めたのです。

 

 

 つまり、どうもみんな怖れている。見知らぬ人を。友だちを。上司を。部下を。家族を。

 

 

 面と向かうことを避け、話をすることに戸惑い、話を聞くことにも逡巡し、仲良くなりすぎることに警戒し、でもひとりにたることには心底、恐怖を抱いている。

 

 

 どうしてこういう事態になったのか。本当にこういうことになっているのか。私はどうなのか。かつての自分はどうだったのか。

 

 

 もし、「誰も対人関係を怖がってなんかいねえよ」という意見が大半だとするならば、私の『聞く力』がこんなに売れることはなかったのではないかと思うのです。

 

 

 本書では、『聞く力』から派生して生まれた新たな疑問を、折々で出会ったさまざまな立場の人にぬつけ、問題について取材して回った意見や悩みを私なりに解釈し、徒然に語っていきたいと思います。

 

 

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