いくつ知ってる?『知っておきたい日本の神様』武光誠


 道端を少し上ったところの、木が生い茂った中に、小さな祠がぽつんと建っている。私はそこから見下ろしていた。

 人間というものはまったく、昔のご恩も忘れて、まるで自分たちだけでここまで大きくなりました、みたいな顔をして目出度くも繁栄している。

 巣立っていった子どもの背中を見つめる母親というのは、なるほど、こんな心境なのかしらと思いつつ。

 今や手入れすらもされないまま、祠が寂れていくのをただただ空しく見つめていると、どうにも昔を思い出してしまうもので。

 今でこそ夢のように思えるけれども、当時は私も元々がそれなりに力の強い神様なものだから、多くの人が参拝に来ていたものだ。

 祠も丁寧に掃除されて、お供え物もたくさん。もちろん、直接食べられるわけではないが、それは獣の口を通して私の力になる。

 たまには気まぐれを起こして、まあ、一丁手助けでもしてやるかと願いを叶えてやったら、手を合わせてお礼を言われたものだ。それがまた、心地いいのなんの。

 それが今や、ここまで落ちぶれてしまうなんてね。いや、まあ、アクセスが悪いところに祠があるのは否めないけれど。

 信仰を失った神の力もどんどん衰えて、今では誰かの願いをひとつ叶えることすらも難しくなってしまった。

 今でも力を持っているのは大神様クラスの大物ぐらい。専門外のことばかり頼まれて困るわー、なんてため息つくくらいなら、こっちに信仰を分けてほしいものだ。

 かつては大きな力を持っていた私の本家も、随分と小さくなってしまったと聞く。末端にもっと頑張れよ、なんて言われても、ねえ。

 その時、ふと、何かが聞こえたような気がした。ちょっと耳を澄ましてみる。どうやら、祖母と孫の会話らしい。

「おばあちゃん、どこに行くのー?」

「ご挨拶に行かないとね。ちょっと遅くなってしまったけれど」

「うわ、古い祠だねぇ」

「あらあら、ちょっと掃除しないとね」

 祠の扉が開けられる音がする。日の光が入ってくるのも久しぶりだった。積もった落葉が払いのけられ、花が新しく活けられる。

 皴だらけの手を合わせてむにゃむにゃと祈る彼女の顔を、私は知っていた。ずっと昔、ここに来た頃、彼女はまだ妙齢の美女だった。

 それがこんなにもおばあちゃんになって。人間の老いは早いものだと、思わず感慨深くなる。

 その少し後ろで祖母の真似をしているのが孫だろう。うっすらと、彼女の若かりし頃の面影があった。きっと、将来は美しい女性になるだろう。

「長く来られなくてごめんなさい。私も娘も、それに孫も、元気に育っております。ありがとうございます。ありがとうございます」

 私は思わず申し訳なくなる。彼らが元気に育っているのは、彼ら自身の力だ。私は何もしていない。すでにそんな力は残っていない。

 けれど、それ以上に嬉しくて仕方がなかった。あの頃のように力が湧いてくるような気がする。まだ、私のことを覚えてくれていたことの、嬉しさ。

 突然、彼女たち二人を包み込むような風が吹く。それはまるで、何かが彼女たちの周りを飛び跳ねているかのようだった。

 孫が茫然としている中で、祖母は「喜んでもらえたみたいだね」と笑う。祠は来たときよりきれいになっていた。

「それにしても、どうして突然お参りに来たの?」

「『知っておきたい日本の神様』って本を読んでね、ふと、思い出したんだよ。私らをずっと見守ってくださっていたから」

 彼女が子どもの頃は父と母に連れられて、よく来ていたものだった。結婚してからも習慣は変わらなかったが、腰を痛めたことをきっかけに長らく足が遠のいていたのだ。

 けれど、その間も、神様はずっと見守ってくれていた。腰が治ったのも、そのおかげなのだろう。

「ねえ、おばあちゃん、その本、貸して。私も読みたい」

「いいよ。いろんな神様が載っていてわかりやすかったよ。ご利益とかも教えてくれるから、お参りするといいかもね。縁結びとか」

 歩き去っていく二人の背中を、私はじっと見ていた。人間が私たちのことを忘れている、という恨み言は、いつしか消え去っていた。

 彼らが私たちに頼らずに立てるようになったことは、きっと良いことなのだろう。私たちはもう、必要がなくなったのかもしれない。そのことに寂しさを覚えていないと言えば嘘になる。

 けれど、今のように、こうして時々、ふと、振り返って私を見てくれたのなら、そんなにも嬉しいことはない。そうしてまた、私は彼らを見守るのだ。おかしなことだけど、彼らの幸せを祈って。

いろんな日本の神様たち

 誰もが、何かの悩み事や願い事がある時に「神様」に頼もうと思った経験を持っている。そして、日本人の多くが、神様といえば神社を思い浮かべる。

 日本国内には、約十二万の神社がある、現在でも、神社は日本の都会や農村の風景の一部になっているのである。

 そこにまつられている神様は、母親のような温かい目で人々を見守り、願いを叶えてくれると言われている。

 しかし、私たちはその神社にどのような神様がまつられているか、思いのほかに知らない。

 手近な神様に頼みごとをしてもよいが、一柱一柱の神様にはその役割と、神様とされた謂れがある。

 そこで、本書ではお稲荷様、八幡様、天神様などの日本の主な神様について解説していくことにする。

 それを読んでいくと、「日本人にとって神道とは何か」という問題についても知りたくなってくる。

「神様とは、私たちが持っている能力を最大限に引き出してくれる存在である」という説明が、その答えのひとつとなろう。

 人間は神社に参拝して、願い事を唱えることによって、その願望を実現するための努力を始めるのである。読者の方々にも、自分にとって何がもっとも必要かを見つけるための参拝をおすすめしたい。

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