下町の温かさと家族の絆『子育て七転び八起き』佐々木直子


 はぁ、疲れた。思わずため息が零れる。散乱した衣服。汚れたままの食器。やることはまだまだある。肩にのしかかるような疲れが、重みを増したような気がした。

 

 

 隣の部屋では、ようやく眠りについた息子が、穏やかな寝息を立てていることだろう。そうあってほしいと願う。せっかく寝かしつけたのに、起きてまた泣かれてはたまらない。

 

 

 息子は二人目の子どもだった。一人目は、今年で小学生になる長女である。今は学校に行っている時間だ。

 

 

 娘が生まれた時は、心の底から幸福が溢れた。生まれたばかりの小さな命を腕に抱いた瞬間は、涙が止まらなかったことを覚えている。

 

 

 だけど、その喜びもやがて、息も吐かせないような忙しさに追いやられるようになっていった。

 

 

 初めての子育ては困惑と試行錯誤の連続だった。夫と二人で、二人三脚でどうにか苦難を乗り越えてここまで来たのだ。

 

 

 長女はちょっとばかり甘えん坊で我儘な性格に育ってしまったような気がしないでもないけれど、目に入れても痛くないほどの、かわいくて、いい子に育ってくれた。

 

 

 だけど、私はいつしか、忘れていたのかもしれない。子育ての苦労を。そのことを思い知らされたのは、二人目、息子が生まれた時のことだ。

 

 

 妊娠がわかった時、弟だと知って、長女は大いに喜んでいた。夫も私を抱きしめてくれる。私も愛おしくなって、大きく膨らんだお腹をありがとうを込めて撫でた。

 

 

 しかし、一人目と二人目はまったく勝手が違う。そのことを、私は本当の意味で理解できていなかったのだ。

 

 

 長女の幼稚園の費用に合わせて、オムツやベビー服、赤ちゃん用のものを買うために、どんどん細くなっていく貯蓄に頭を抱えることになった。

 

 

 息子が生まれ、しばらくの間は、長女は姉としての自覚が目覚めたのか、よく面倒を見てくれたし、夫も手伝ってくれていた。

 

 

 しかし、次第に、夫は抱えているプロジェクトが忙しくなったらしく、帰宅時間が遅くなった。帰ってきても疲れているらしく、すぐに布団に倒れ込んでいる。

 

 

 時には上司との付き合いで、顔を赤らめた千鳥足のまま帰ってくることもあった。そんな彼はやっと寝ついた息子を構って起こしてしまうから、二人の間で口論になることが増えた。

 

 

 今や、長女の面倒も息子の面倒も当然のように私が見ていた。長女は我儘盛り、息子は夜泣きがひどく、夫からは文句を言われる。

 

 

 家事に、育児。毎日が嵐のように過ぎ去っていく。夫は仕事、長女は学校に行っていて、息子を寝かしつけた今の時間が、私にとってほんのひと時の休息だった。

 

 

 私は放心したようにぼんやりとする。ふと、机の上に置かれている、一冊の本に目が向いた。

 

 

 手に取ってみる。こんな本、持ってたっけ。とも思ったけれど、思い出した。そういえば、ママ友からおすすめされて借りたんだった。

 

 

 日々の家事や育児に忙殺されて、すっかり忘れてしまっていた。せっかくだから、気晴らしに読もうかな。私はそう思ってページをめくる。

 

 

 それは、『子育て七転び八起き』という本だ。佐々木直子さんという女性が書いている子育てエッセイである。

 

 

 おすすめしてくれたママ友からは、「挫けそうになったら読むと元気が出るよ」というふれこみで渡された。だったら、今がその時かもしれない。

 

 

 佐々木直子さんは墨田区で弁当屋を営んでいる。私なんて二人でも大変なのに、彼女はなんと、一男六女を育てているのだという。

 

 

 弁当屋を立ち上げる時の夫との苦労。息子とともに剣道を習ったこと。娘が生まれた時のこと。隣人に助けてもらったこと。読んでいて、心がほっこりと温まる。

 

 

 家族への愛。地域への愛。それらが、言葉のひとつひとつから溢れてくるようだった。娘から直子さんに向けられた手紙を読んで、思わずほろりとくる。

 

 

 苦労がなかったわけじゃない。むしろ、数々の苦難に立ち向かい、乗り越えてきたからこそ、この家族の愛が深くなったんだと、私は思った。

 

 

 何よりも、私が感銘を受けたのは、直子さんの、子どもに対する想いの深さだった。

 

 

 多くの親は、子どもは自分が幸せにしてあげなければと思っている。だからこそ、叱りつけ、安全に、自分の考える幸せの道へと子どもを導く。それが愛だと思い込んでいる。

 

 

 でも、直子さんはそうじゃない。子どもには子どもの人生がある。親の思い通りの人生を歩かせることは、決して子ども自身の幸せにはつながらない。

 

 

 親の役目は、見守ること。だから彼女は、子どもがどんなふうに育っても、子どもの自由を何よりも認めて、ひとりの人間として尊重して愛しているのだ。

 

 

 隣の部屋から泣き声が聞こえる。どうやら、息子が起きたらしい。私は読んでいる途中だった本を閉じて立ち上がる。

 

 

 読書を邪魔されたけれど、苛立ちは感じなかった。むしろ、息子を今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られていた。

 

 

 息子も、夫も、娘も、愛おしくて仕方がない。さっきまでの私ならため息を吐いていたであろう耳をつんざく泣き声にも、今は穏やかな気持ちで接することができた。

 

 

 息子をあやしながら、時計を見る。もうすぐ、娘が帰ってくる時間だ。今日の夕食は、大好きなカレーでも作ってあげようかな。私はエプロンとともに気合も入れなおして、キッチンに向かった。

 

 

一男六女を育てる肝っ玉母さん

 

 七人の子だくさん母ちゃんには、やらなければならない仕事がたくさんあります。まるで毎日がかけ足のような、パタパタしたあわただしい生活を送っております。

 

 

 そんな私が、夫と二人三脚で下町のお弁当屋を営みながら、たくさんの人に支えられて、なんとかかんとか一男六女の子どもたちを育てています。人は支え合って生きていることを人一倍実感しながら。

 

 

 この間、かなりの苦境にも立たされましたが、一つ一つを家族で乗り越え、今はこれらのことをまっすぐに受け止めて笑い飛ばせるまでになりました。

 

 

 そうした経験をしてきた私は、子育て中のママたちが少し気が楽になり、元気になってもらえる言葉をかけてあげたいと思うようになりました。

 

 

 そばに寄りそって、やさしく肩を抱いて「一人じゃないよ」と応援してあげられるような言葉です。

 

 

 一家が住んでいる墨田区は今、東京スカイツリーで注目されることが増えて、少しずつですが元気を取り戻しています。

 

 

 地域での町づくりの取り組みにも首を突っ込んでいる私としては、この本で下町墨田区のよさ、地域とのつながりの大切さが伝わるとさらにうれしいと思います。

 

 

 こんな少々がさつな”肝っ玉母ちゃん”ですが、どうか最後までおつき合いください。

 

 

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