まず目を惹かれたのは、そのタイトルだった。次に、著者の名前を見て驚いた。テレビでよく見ている男の名前が書かれていたからだ。
「オードリー」というお笑い芸人のコンビのことは、以前から知っていた。コント番組から頭角を現わして、今は当たり前のように登場している人たちと認識している。
初めて見た時に印象に残ったのは、漫才で言うところのボケであるピンク色のベストを着た男のことだ。彼の放つ独特の雰囲気は、お茶の間すらも呑み込んでいるかのようだった。
その隣に立つツッコミの男のことは、やや幸薄そうな、地味な引き立て役という認識しかなかった。
しかし、その後のテレビで次第によく見るようになったのは、そのツッコミの男、若林正恭先生だった。
彼の聞きやすい癖のない語り口と的確なツッコミは、いつしか、テレビにかじりつく私を魅了していた。
『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』は、そんな彼の出版したエッセイ本である。
カバーニャ要塞は、社会主義国家であるキューバにある軍事施設だ。今では観光名所として知られている。
それは、若林先生がキューバにひとり旅に赴いた時の経験を綴った一冊であるらしい。
キューバといえば、私はひとりの男の名を思い浮かべる。チェ・ゲバラという。キューバでの革命を指導した革命家である。
作中によれば、若林先生もキューバのゲバラの生家へと足を向けており、彼に対して思索を寄せていた。
とはいえ、彼が旅行先としてキューバを選んだのは、ゲバラによるところではない。
それは、キューバが社会主義国家だからだ。だからこそ、若林先生は安全な国と天秤にかけたうえで、治安が良いとは言い難いその国を選んだ。
新自由主義。それが、この本の主題となるひとつのテーマであり、若林先生が抱いていた疑問の根幹であった。
その疑問の解決を求めて、若林先生は、新自由主義の対極である、国家に自由を縛られた国として社会主義を見ることを望んだのだ。
別のシステムに身を沈める。先生はそのために、灰色の国、日本から逃げるように飛び去り、キューバへと辿り着いた。
流れるように文章を目で追いかけることができるのは、まるで物語のような流れがあるからだろう。その中に、先生自身の疑問や思索が深められている。彼自身が撮ったのであろう、いくつかの写真もあった。
私が中でも心惹かれたのは、一枚の写真である。章は、タイトルにもなっている「セレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」。
カバーニャ要塞を訪れた先生の興味を引いたのは、要塞そのものではなく、道端に寝そべる犬だったという。
表参道で紐に引かれて歩く小奇麗な犬と比べ、その犬は痩せていて、汚い。しかし、先生はそんな彼の姿に魅了されていた。
自由と抑圧。新自由主義の下で縛られているセレブ犬と、社会主義国家の下で呑気に寝そべる野良犬。
私はそこにこそ、「自由」というものの真髄があるような気がするのだ。一枚の写真で寝そべる野良犬の中に、真の自由というものを、私は見た。
新自由主義だとか、社会主義だとか、人間が作ったシステムが何を推奨していようとも、そのシステムに縛られている時点ですでに不自由に身を置いている。
「自由」とは、何者にも縛られることがない。システムから「自由にしろ」と言われて謳歌する自由は、本当の自由ではないのだ。
自由とは、生き様である。汚かろうとも、人から蔑まれようとも、自分の思うがままに生きる。自分の人生を生きる。
人間は不自由に身を置く生き物だ。自由であることを求めつつも、不自由に安堵を感じる。私が生まれる何千年も前から、人間はそういう生き物として存在していた。
その野良犬が羨ましい。私は思わず、そんな感情を抱いた。彼の謳歌している自由は、人間のままでは一生かかったとて実現できないだろう。
キューバの野良犬は、私に「自由」を見せてくれた。果たして、若林先生は、その犬から何を学んだのだろうか。
キューバへの逃避行
2016年6月頭。マネージャーから「今年は夏休みが5日取れそうです」と報告を受ける。
5日休みがあると聞いた瞬間、かねてからの念願であるキューバ旅行ができるかもしれないと期待が膨らんだ。
数日後、旅行代理店に赴き、窓口でキューバ旅行について尋ねた。
「ツアーは4泊6日からで、3泊5日はやっぱりないですね~」
無理矢理3泊5日で組んでもらえないか頼んでみた。キューバは今旅行先として人気なので、そもそも往復の飛行機の座席がすでにないとのことだった。肩を落としながら旅行代理店を後にした。
それでも「キューバに行きたい!」という気持ちがなかなか消えない。スマホで航空予約サイトを検索してみた。すると、ハバナまでの往復の飛行機の空席がなんと1席だけあった!
航空券を予約した後、ネットで慌ててホテルを探した。探し始めて数日、サラトガというホテルに1室だけ空きがあることを発見した。すぐさま予約した。
航空券とホテルの予約が済むと、キューバのガイド本を求めて本屋に行った。キューバに入国の際にツーリストカードというものが必要だということを知った。
数日後、空き時間にキューバ大使館領事部に向かう。
「あの、ツーリストカードを発行してほしいんですけど」
「申請書に記入してください」
「あ、はい」
「少々、お待ちくださいね」
椅子に座り、マガジンラックに差し込まれていたキューバの写真集を手に取った。
楽しそうに楽器を演奏しているキューバ人の写真に胸を躍らせていた。ぼくもキューバに行ったら、こんな明るいキューバ人と触れ合うことができるのだろうか。
キューバ旅行、楽しめるかな。やっぱり宮古島にした方が良かったかな? ぼくは急に不安になった。
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