耳につけたイヤホンから、幻想的な音楽が聞こえる。柔らかく透明感のある声。私は目を閉じて、その世界観に身を沈めた。
突如として流れ星のごとく現れたそのバンドの名を始めて聞いた時、私は思わず首を傾げてしまった。
SEKAINOOWARI。どこか物騒にも感じるその名前と、男性にしては高い声が頭の中でようやく重なったのは、彼らがいろんな番組に出るようになり、人気グループとして確立されてからのことである。
優しい歌声。壮大な世界観。美しい旋律。個性的なメンバー。私は瞬く間に、彼らに魅了されていった。
しかし、私は彼らのことを何も知らなかった。そのことを強く認識したのは、『ふたご』という作品を読んだことがきっかけである。
著者の名は藤崎彩織といった。馴染みのない名前である。最初、私はこの本を何も知らずに読み始めたのだ。
藤崎彩織先生は、SEKAINOOWARIの唯一の女性メンバーであり、ピアノを担当しているSaoriその人なのだと知ったのは、物語を読み終わった後のことだ。
それも、『ふたご』に描かれている物語は、ほとんど実話なのだという。そのことを知った私は大いに驚いた。本当に、あんなことが現実にあったのか、と。
『ふたご』は、夏子という孤独な少女と、月島という少年の交流を描いた作品である。夏子は作者である藤崎先生のことを、月島はSEKAINOOWARIのリーダー、Fukaseをモデルにしているらしい。
物語は学生時代、先輩と後輩という関係のまま、交流を続ける二人が、やがて月島の注意欠陥多動性障害を乗り越え、仲間を集めてバンドを結成するまでが描かれている。
強いストーリー性を持っていながらも、その作品が実話だと知ると、思い返せば頷けることがいくつもあることに気が付いた。
生々しいのだ。月島の勝手な行動に振り回される夏子の想いも、精神病にかかった彼の姿を前にした彼女の絶望も、すべて。
学生時代、交流を重ねていた月島に、いつしか、夏子は想いを寄せるようになる。しかし、最初から最後まで、月島から恋愛という想いを返されることはなかった。
その身を切るような切なさが、言葉のひとつひとつから迫ってくるかのようだった。息ができないほど苦しくなる。けれども、目が離せない。
それは、華々しいバンドメンバー「Saori」の陰にある、「藤崎彩織」という女性の悲痛な叫びのように思えた。
ふたご。タイトルのその意味が、読み終わった後でまた違った意味を持ち始める。
彼は「ふたごのよう」だといった。しかし、それは、彼女にとってどれほど残酷な言葉だったろう。
ふたごのようだと思っている彼女に対して、彼の想いは決して向けられることはないのだから。
しかし、一方で、その言葉は、彼らの間にある、男女や、血縁や、友だちといった、そんな一言ではとても言い表せない絆を指した言葉であるようにも思えた。
彼女にとって「ふたご」は、愛おしく、それでいて、憎らしい言葉のひとつだったのかもしれない。
イヤホンから流れてくる、幻想的な音楽。その背景には、暗い穴を覗き込むような過去と、そこから抜け出した希望の旋律が広がっている。
ふたごのようだ
彼は、私のことを「ふたごのようだと思っている」と言った。ふたご。まるで同じタイミングで世に生まれて、一緒に生きてきたみたいだ、と。
ふたご。その言葉を他人に対して使うと、生々しい響きになる。まるで生まれて初めて聞いた音や、見た景色も、同じみたいだ、と。
私たちが一緒に生活を始めてから、何年になるだろうか。いつもの風景。これがいつもの風景になったのは、最近のことだ。
ふたごのようだと思っている。彼は私のことをそんな風に言うけれど、私は全然そんな風には思わない。
彼が私のことを「ふたご」と呼ぶ時は、いつも機嫌のいい夜だった。未来や夢のことを語って、そして彼は仲間たちに無理難題をふっかける。
心の中で不安に心拍数をあげていると、彼は悪魔の微笑みで近寄ってきて、告げるのだ。「俺はお前のこと、ふたごのようだと思っているよ」と。まるで「よう、兄弟。わかるだろ?」のニュアンスで。
私は全然そんな風には思わない。それなのに、私は決まって、こくんと頷いてしまうのだ。まるで「おう、兄弟。わかるよ、当たり前だろう?」のニュアンスで。
彼は知っているのだろうか。かつて私が彼とふたごになりたくて、どれほど苦しかったのかを。ふたごになんかなりたくないと、どれだけひとりで泣いた夜があったのかを。
いっそのこと、本当にふたごのようであったなら、こんな風にいつまでも一緒にはいなかったのだと思う。
たしかに、私は人生の大半を彼のそばで過ごしてきた。けれどもその大半は、メチャクチャに振り回された記憶ばかりだ。
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