……ああ、あの男か。ウム、知っておる、知っておる……。ここでは、知らぬ者の方が少なかろう……。いいじゃろう、話してあげよう……。誰ひとり出たことがないという監獄を出て復讐を果たしたあの男……エドモン・ダンテスのことをな……。
彼は若く、精悍な船乗りじゃった。人望も厚く、誠実であった。だからこそ、彼の乗っていた船の船長が航海中の病気で亡くなった後、船主のモレルから、次の船長として強く推されたのはエドモンだったのじゃ。
じゃが、全ての者に慕われておったわけではない。会計士のダングラールは、若い彼の出世を妬み、憎んだ。なんとかして彼を蹴落としてやろうとしていたわけじゃ……。
エドモンには、メルセデスという美しい婚約者がおった。若くして出世して船長となり、美しい妻を得る……。男にとっては、まさに人生の絶頂というべきだろうな。
しかし、ダングラールは、メルセデスに恋していたフェルナンと手を組み、エドモンに対する虚偽の密告をさせたのじゃ。幸せな婚約披露パーティーの最中、エドモンは捕らえられる。
とはいえ……捕らえられたとしても、虚偽の罪。すぐに出られるはずじゃった。もしも、彼を取り調べたのが、検事代理であったヴィルフォールでなければ。
ヴィルフォールは、当初は罰は軽く済むと伝えていた。それを一変させたのが、エドモンが取り出した手紙じゃった。
その手紙は、亡き船長の遺言でとある港でナポレオンとその側近と面会した時に、預かったものじゃ。その宛先を見て、ヴィルフォールは態度を変える。そこには、ノワルティエと書かれておった。
ノワルティエはヴィルフォールの父親じゃ。その手紙はナポレオンと彼のつながりを示す秘密文書じゃった。ヴィルフォールはその証拠ともいうべき手紙をその場で燃やし、エドモンを裁判無しに、脱出不能の監獄、シャトー・ディフに入れたのじゃ。
失意の中、エドモンはとうとう命を捨てることすら考え始める。その出会いは、そんな時に起こった。彼が出会ったのは、隣の牢に囚われておったファリア神父という老人じゃった。
彼は、エドモンの身の上話を聞き、それが陰謀であることを見抜いた。真相を知ったエドモンは、彼らへの復讐を決意する。
ファリア神父の友人、あるいは息子のような関係になったエドモンは、彼から多くの知識を学ぶ。しかし、彼も寄る年波には勝てんかった……。神父は最期の時、エドモンに、モンテクリスト島に隠された財宝のありかを教えた。
ファリア神父の遺体を自分のものと偽り、エドモンは脱獄する。彼が捕らえられてから、十四年の月日がすでに経っていた……。
彼の名を、人はこう呼んだ……。『モンテ・クリスト伯』、あるいは、『巌窟王』とな。
ウン? その話は本当のことなのか、とな? さあてなあ……どうじゃったろうか……どこまでが本当で、どこからが嘘か……あるいは、みんな嘘かもしれんし、みんな真実なのかもしれんぞ……。
お主は、どうかね? 信じるか、それとも……。なあに、真実がどうであろうが、お前はここからは出られんよ……永遠に、な……ヒヒヒ。
巌窟王
一八一五年二月二十四日、ノートル・ダム・ドゥ・ラ・ガルドの見張所では、スミルナ、トリエスト、ナポリからやってきた、三本マストのファラオン号が見えたという合図をした。
例の通り、水先案内はすぐに港を出て、シャトー・ディフをすれすれに通り、モルジョン岬とリオン島との間でその船に乗り込んでいった。
そういう間にも、船は進んでいた。その進み方がいかにものろくさく、いかにも沈んだ様子を見てとって、野次馬連は、不幸をかぎつける虫の知らせというやつで、いったい船に何事が起こったのだろうかと話し合っていた。
船を狭いマルセイユ港の入り口へ導き入れようとしている水先案内のそばには、ひとりの元気な目つきの若者が立っていて船の行動を見張り、水先案内の命令をいちいち繰り返して声高く叫んでいた。
群集の上に動いていた漠とした不安な気持ちが、サン・ジャンの物見台に出ていた人たちのうちのある一人の心をことさら強く打った。彼は、一艘の小舟に飛び乗るなり、ちょうどレゼルヴの入り江のところで船に漕ぎ寄せた。
「やあ、ダンテス君か!」こう小舟の中の男は叫んだ。「何事が起こったんだ? それに船全体のこの沈んだ様子はどうしたことだ?」
「モレルさん、取り返しのつかないことが起こりました!」と、青年が答えた。「チヴィタ・ヴェキアの沖合で、あの勇敢なルクレール船長が亡くなられました」
「積荷はどうした?」と、勢い込んで船主がたずねた。
「無事です。その点、ご満足いただけると思います。それにしても船長さんは……」
「どうしたんだ? あの勇敢な船長に、いったい何事が起こったんだ?」
「亡くなられました」
「海に落ちてか?」
「脳膜炎を起こして、ひどく苦しんだ末亡くなられました」
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