誰が悪書と叫ぶのか『くたばれPTA』筒井康隆


「モンスターペアレント」という言葉がある。自分の子どもについての理不尽な要求を他者にする親のことを「怪物」と称して揶揄したもので、一時から、妙にいろんなところで聞くようになった。

 

自分の子どもが可愛いのはわかる。自分の子どもを愛しているのもわかる。だが、昨今の親は、子どもに対してあまりにも過保護ではないかとも思うのだ。

 

その象徴的な出来事といえば、公園の遊具が次々となくなっていることだろうか。ブランコのような、昔ながらの遊具が「危ないから」という理由で次々と姿を消している。

 

だが、公園の遊具がなくなった子どもたちは、いったいどこで遊べばいいというのだろうか。遊び場所を失った彼らは、ますます家に閉じこもり、ゲームをするばかりで、もう外で子どもたちが遊びまわるという光景を見ることがなくなった。

 

コロナ禍になってからは、子どもの菌に過敏になっているのをよく耳にする。けれど、そもそも菌は人の身体に常にあるものだ。過剰な除菌をすると無害な菌まで取り除いてしまい、子どもの免疫力が下がるという結果になりかねない。

 

さらに、悪名高き「悪書追放運動」なるものが起こった。「子どもを守る」という名目で「教育上よろしくない本」とされた本を発禁とする運動である。

 

運動自体は戦前の出来事ではあるものの、現代でも、その残滓は未だ漂っているように思う。グロテスクな描写や性的な表現を子どもに見せないようにする姿勢が、まさしくその一端ではないだろうか。

 

自らも差別表現などの問題の渦中になったことがある筒井康隆先生は、「悪書追放運動」を批判する作品を書いている。そのタイトルは、『くたばれPTA』。

 

子どもに喜んでもらうためにSFマンガを描く漫画家が、主婦との論争をきっかけに、メディアから痛烈な批判を受け、その社会からの影響を受けた子どもたちからも石を投げられる、という話である。

 

「マンガやゲームが教育上よくない」という意見は、ずっと昔から根強く言われている。現代はある程度寛容になったものの、その根本の問題は未だ取り残されたままだ。

 

「教育上よろしくないもの」を選別するのは、親や社会だ。現代であっても、それは変わらない。だが、それは『くたばれPTA』の中のヒステリックな親たちと、何が違うのだろうか。

 

子どもは、真っ白な存在だ。だが、社会は汚い。そんな社会の中で、子どもをきれいなままで育てるのは不可能である。生きていれば、どうあったって子どもは次第に社会を学び、汚くなっていく。

 

清濁併せ呑むことで、子どもは社会に適応していくのだ。だが、危ない目に遭わないように、汚いものを見せないようにと、蝶よ花よと箱入りに育てられた子どもたちは、社会の汚さを知らないまま大人になり、そこで初めて醜い社会を目の当たりにする。

 

その瞬間の彼らの衝撃たるや、如何ほどのものだろう。それこそ、世界がひっくり返るほどの衝撃なのではないだろうか。

 

子どもは経験から学ぶ。しかし、他人に学びをコントロールされることが、どれほど苦痛なことか。何を経験して何を学ぶかは、子どもたち自身が選び取るべきだと、私は思う。それこそが、「生きる」ということなのではないか。

 

怪我をすることで痛みを知り、してはいけない行動を学ぶ。菌に侵されることで免疫をつくり、疫病にも負けない丈夫な身体をつくる。それを経験させまいとすれば、後に残るのは、何も知らない、あなただけの可愛いお人形だけである。

 

いろんなものを知り、経験して、学び、そうして子どもたちは大人になっていく。その無限の可能性を、大人である私たちが自己満足の愛情で狭めてはならないのだ。

 

 

それは本当に子どものため?

 

おれはマンガ家で、専門はSFマンガだ。おれの描くマンガは、子どもたちからは熱狂的に愛好されるが、教育ママからはもちろん排斥される。

 

PTAや立体テレビの主婦座談会では、いつもおれのマンガが槍玉にあがる。そんなもの、放っとけばいいとは思うのだが、最近では昔に倍して女性の発言力が大きくなったので、笑ってばかりもいられない。

 

「やあ、マンガ家の先生が来たぞ」「先生、サインしてよ」「マンガ描いてよ」

 

遊んでいた子どもたちが、おれの周囲に群がってきた。そう、子どもたちだけは、おれの味方だ。おれは子どもが好きだし、子どもたちもおれを愛してくれる。

 

文部省から認められた童話作家や、教育漫画家の作品には、子どもたちはそっぽを向く。なぜか? 面白くないから――もちろん、それもある。だが第一に、それらの作品の中には、子どもの求めているものが何もないのだ。

 

だが、おれは違う。賞なんか貰わなくてもいい。絶対多数の子どもたちがいるのだ。子どもたちにとって、おれは英雄なのだ。

 

せがむ子どもたちに、マンガを描いてやり、おれは充分満足して公園を去った。おれは自分の仕事部屋に入り、仕事を始めた。ほどなく秘書がインターホンで来客を伝えてきた。

 

「誰だ?」「悪書追放運動の婦人団体です」「またか。会うのはいやだ」「お断りしたんですが、お帰りになりません」「じゃあ、十分だけ会うといってくれ」

 

やがて、主婦らしい八人の女が部屋に入ってきた。彼女たちは、おれがちょっと優しい口をきいてやったのをきっかけに、たちまち図太くなって、多勢を頼んでマンガ追放論をふっかけてきた。約三十分、彼女たちは一方的に毒舌をまき散らした。

 

「いったいSFマンガの、どこが悪いっていうんです」

 

「悪いものは悪いんです! そんなこと、わかりきってるでしょ!」

 

「じゃ、その、わかりきってる理由というのを、ひとつでいいからあげてくれませんか」

 

「子どもの害になるからです! さっきから、何度いったかわかんないわ」その通り、この女はさっきから、同じせりふばかり四、五回繰り返していた。

 

 

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