大人だからこそ楽しめる不朽の名作『モモ』ミヒャエル・エンデ


 朝起きて、身支度をし、働いて、帰宅して、家事をして、眠る。毎日同じように繰り返される日々。

 

 

 私、何のために生きているのかな。大人になって、ふと、そんなことを考えることがある。

 

 

 毎日同じようなことを繰り返す。それは、私が身体も動かない老人になるまで続くのだろう。そして、そのまま寝たきりになって、やがて目覚めなくなる。

 

 

 ある時、私は自分のそんな未来を、はっきりと見た。それ以来、いっそう生きている意味がわからなくなってくる。

 

 

 仕事は好きなわけではなかった。ただ、安定を求めて就いた仕事だ。毎日変わらないルーチンワーク。効率と利益だけを求めている。

 

 

 家族のことは愛おしい。特に、かわいい盛りの娘のためなら、何を犠牲にしても構わなかった。私の生きる理由は、今や娘だけだ。

 

 

 でも、それなら、私は娘のために生きているのかな。娘のために、私はこの世に生まれてきたのかな。そう考えると、私は自分自身がぽっかりと穴が開いたような、やりきれない感情を抱くのだ。

 

 

 けれど、そんな思いも、日常の忙しさに流されてどこかへと消えていく。そして、それはまた、ふっと思い出したようにまた、浮かんでくる。

 

 

 そんな毎日を、今までと同じように何の感慨もなく、ただどうすれば楽に早く終わるかだけを考えながら過ごしていると、娘が一冊の本を抱えて駆け寄ってきた。

 

 

「ねぇねぇ、お母さん、この本読んで!」

 

 

 娘が持ってきた本は、海外の作家が書いた『モモ』という本だ。たしか、小泉今日子さんがファンだと言って話題になった気がする。今でもツイッターでたまに見かける作品だ。

 

 

「うん、でもちょっと待ってね。まだすることあるから、後でね」

 

 

 私はそう答えた。家事はまだまだ残っていた。娘は「わかった! 約束だよ!」と言って、またひとりで遊んでいた。

 

 

 けれど、家事が思ったよりも手間取って、結局、私の用事が終わった頃には、すっかり日も落ちていた。

 

 

 娘がぐっすりと眠っている。その傍らには、『モモ』が置いてあった。私の胸がずきんと痛む。

 

 

 私は娘を起こさないように、そうっと『モモ』を手に取って、その本を持ったまま机に座った。電気スタンドの下で、そのページを開く。

 

 

 『モモ』は親の顔を知らない孤児の女の子。けれど、彼女はみんなから愛され、大勢の友だちがいた。

 

 

 モモにはある特技があった。それは、人の話を聞くこと。彼女の話を聞く姿勢は独特で、彼女の前ではすっかり本心をさらけ出してしまって、良い考えが浮かんだり幸せになったりできる、というもの。

 

 

 彼女には二人の親友がいた。掃除屋の老人ベッポと、貧乏な夢想家ジジだ。みんな性格はバラバラだったけれど、とても仲が良かった。

 

 

 しかし、ある時、彼女のもとを訪れる友だちが、どんどん少なくなっていった。疑問に思った彼女は、理由を探るために彼らと話しに行く。

 

 

 そして、友だちが来なくなってしまった理由が明らかになった。彼らの背後で暗躍していたのは、全身灰色ずくめの男たち。

 

 

 彼らは「時間貯蓄銀行」に勤めていると自称し、時間を貯蓄するよう促して時間を奪い取る「時間泥棒」だったのだ。

 

 

読み終わった私は、しばらくの間、茫然として動けなかった。けれど、やがてのろのろと、私は本を娘の枕元に返した。そのまま、ぼんやりと目を閉じる。

 

 

 まるで私を突き刺すような作品だった。作中で時間を奪われた男たち。モモの目から見た彼らはどこかおかしい。いつも利益や時間の節約について考え、いらいらしながら毎日を過ごす。

 

 

 けれど、私自身も彼らと同じ、時間を奪われている人間なのだと、気づいた。そして、作中に描かれるそんな存在に自分自身が今、なっていると知って、愕然とした。

 

 

 私はすやすやと眠っている娘を見つめた。時間がない、と言い訳して、家事ばかり。約束も破って。思えば、彼女と遊んだことなんて、数えるほどしかなかった。

 

 

 私は娘の身体に、はだけていた布団をかけなおした。生きる理由とまで思っていたのに、どうして私は彼女のことに気付かずにいたのだろう。

 

 

 娘が一番。それは、絶対に揺らいではいけない。私の曇っていた瞳を、娘が晴らしてくれたのだ。

 

 

 もう、生きる理由に迷うことはなかった。それはきっと、物語の中の「モモ」が、私を導いてくれたのかもしれない。

 

 

盗まれた時間を取り戻そう

 

 大きな都会の南の外れ、市街地が尽きて原っぱや畑が始まり、家々の佇まいもだんだん侘しくなってくるあたりに、松林に隠れるようにして小さな円形劇場の廃墟がありました。

 

 

 この物語が始まった頃のことですが、この廃墟はほとんど忘れ去られていました。本当のところ、この珍しい石の建物のことをよく知っていたのは、近くに住んでいる人たちだけでした。

 

 

 ところがある日のこと、廃墟に誰かが住み着いたという話が、みんなの口から口へ伝わりました。

 

 

 それは子どもで、どうも女の子らしい、少しばかり奇妙な格好をした子なので、はっきりとしたことは言えない、名前はモモとか何とか言うそうな――こういう話でした。

 

 

 劇場跡の草の生えた舞台の下には、半分崩れかけた小部屋がいくつかあって、そこには外壁の穴からもぐりこむことができました。モモはそこを住処にしたのです。

 

 

 ある昼下がり、近くに住む人たちが何人かでやってきて、モモにあれこれと聞きただそうとしました。

 

 

 モモはかつて施設から逃げ出してきたらしく、身内の人はいないようでした。皆は長いことあれこれ評定した挙句、彼女の望み通りここにいさせてやろうということに意見が一致しました。

 

 

 誰の家にしてもここと大して変わり映えのしない住処ですし、みんなで力を合わせてこの子の面倒を見てやればいいと思ったからです。

 

 

 みんなはさっそく、モモの住んでいる半分崩れかかった部屋を片付けて、できるだけ住みやすいところにすることから始めました。

 

 

 こうして、小さなモモと近所の人たちとの友情は始まったのです。

 

 

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