円卓の騎士たちの最後の冒険『アーサー王と聖杯の物語』ローズマリ・サトクリフ


 老人は一冊の本を手に取る。彼は少し悲しげな表情をした。その物語を読む時、老人の胸にはいつも、過去を思い出すような切なさが溢れるのだ。

 

 

 『アーサー王と聖杯の物語』は、『アーサー王と円卓の騎士』の続編にあたる物語である。一冊目を読み終わった彼に、無論、読まないという道はない。

 

 

 しかし、いくら騎士道物語が好きな老人であっても、その冒険の物語は前作のように胸を躍らせて読むことはできなかった。

 

 

 それは、アーサー王と円卓の騎士の輝かしい伝説の、いわば最後の光だと言ってもいいからである。

 

 

 何よりも切ないのは、老人の贔屓の騎士であるランスロットが自らの身体を蝕む年齢という病を実感し、自らの黄金期が過去となったことが、枯れ木となった自分と重なるからだ。

 

 

 聖杯の物語において、彼とは対照的に輝くのは、ボールス、パーシヴァル、そして、ランスロットの息子であるガラハッドである。

 

 

 中でも異彩を放つのはガラハッドだった。聖杯の物語は、彼の物語と言い換えてもいいくらいのものなのだ。

 

 

 老人は騎士たちの人間味あふれる内面が好きだった。伝説の騎士らしからず、彼らは迷い、惑い、多くの失敗を繰り返して正しい道を探している。

 

 

 最強の騎士ランスロットですら王妃グウィネヴィアとの不義の愛に悩み、ガウェインも、迷った末に道に辿り着いた。

 

 

 しかし、ランスロットすら凌ぐほどの強さを持ち、高潔な精神の持ち主であるガラハッドは、言うなれば、そう、人間らしさがないのだ。

 

 

 彼は最初から完成されている。それがどことなく不透明なのだ。だからこそ、この物語の中でもより老人の目を引き付ける。

 

 

 聖杯を探す冒険は、円卓の騎士たちの最後の冒険であった。目的は達成したものの、その冒険によって多くの騎士は失われ、以来、彼らは暗黒の時代へと入っていくことになるのだ。

 

 

 人によっては、どうしてそんな冒険に出たのかと言うかもしれない。彼らが個の冒険で得たものは、冒険そのものの他に何もなかったのだから。

 

 

 しかし、だからこそ、老人はその物語に強く惹かれる。彼の胸にある寂しさは、ランスロットと同じように寄る年を感じてしまうからかもしれない。

 

 

 富よりも、権力よりも、時として求められるものがある。それこそが、彼らにとっては「冒険」であったのだ。

 

 

 宮廷を飛び出した騎士たちは、聖杯がどこにあるのか、何も知らなかった。しかし、運命が冒険へと導いてくれることを知っていたのだ。

 

 

 老人は胸が疼くのを感じた。それは決して悪いものではない。枯れてなお冒険を求める彼の若さが、今にも飛び出さんと暴れているのだ。

 

 

 それを抑えて、老人は次の一冊を手に取る。いくら名残惜しかろうとも、物語はいずれ終わらせなければならない。

 

 

聖杯を探す過酷な冒険

 

 東西南北どの方向から見ても、キャメロットの城市は上り坂だ。そして城市の中心の、一段と高くなった頂きに、アーサー王の宮殿がそびえ立っていた。

 

 

 アーサー王の宮殿には《円卓》があった。この円いテーブルのまわりには、百五十人の騎士が座ることができた。

 

 

 《円卓の騎士団》は、アーサーが王座に就いたばかりの、いまだ若々しい少年王であったことに結成された。

 

 

 ある年の聖霊降臨祭の前夜、騎士たちはキャメロットの地に集ってきた。今まさに夕食の席につこうとしていた時に、突然、うら若き乙女が馬の背に乗ったまま、大広間に駆け込んできた。

 

 

 さっそく、乙女は口上を述べた。円卓の騎士団の中でも、もっとも偉大なる騎士、湖のランスロット様、お仕えするベレス王の代理としてやってきました、今から自分と一緒においでいただきたい、という次第であった。

 

 

 同僚の騎士たちが息を詰めて見守る中で、ランスロットは椅子から立ち上がり、馬に鞍を据えるよう、従者に指示を出した。

 

 

 こうしてランスロットは、乙女の望み通り馬上の人となり、城門を出た。そうして坂を下り、三脚の端を渡って、若葉の茂る、迷路のような夏の森へと消えていった。

 

 

 こうして一里も進んだかと思われるところで、森の木々が途切れ、大きながらんとした空間に出た。真ん中に、灰色の建物がひっそりとたたずんでいる。

 

 

 近づいていくと、まるで待ち構えていたかのように、すうっと門が開いた。客間のベッドには、二人の騎士がいた。これはボールスとライオネル、自分の身内じゃないか、とランスロットは思った。

 

 

 と、そこに、修道院長と二人の尼が、ひとりのとても若い男を伴いながら、しずしずと部屋に入ってきた。

 

 

「ランスロット様。お連れした子の子どもは、わたくしどもが慈しみながら育ててきました。ご祖父にあたられるペレス王様は、この子があなたの手により騎士に叙せられることを、お望みです」

 

 

 院長の声が止むと、再び沈黙が下りた。そしてそんな沈黙の真ん中で、ランスロットと少年がじっと見つめ合った。

 

 

「そなたの名は?」

 

 

「ガラハッド」

 

 

 この瞬間、ランスロットの心の奥に、突然の激しい慟哭が起きた。このことを知っている者は、ランスロットより他にはいなかった。

 

 

 大人になってからずっと、ランスロットはアーサー王の王妃グウィネヴィアを愛し続けてきた。他の女に目を向けることは、一度もなかった。

 

 

 しかし、はるか以前のこと、ペレス王の娘エレインがランスロットを思い染めたことがあった。

 

 

 姫は詐術を用いることによって、ただ一夜だけ、ランスロットを自分のものにした。そしてこの一夜によって姫は息子を授かり、ガラハッドと名付けたのであった。

 

 

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