老人はもうずっと、部屋にこもりっきりだった。本を読むのに夢中になっていたのだ。
老人は騎士道物語が大好きであった。特に、今まさに読んでいる『アーサー王と円卓の騎士』は、まさしくあらゆる騎士道物語の元祖とも言うべき代物である。
岩に刺さった剣を引き抜き、運命に導かれるままに王となったアーサー・ペンドラゴン。
彼は湖の乙女から授けられたエクスカリバーを携え、ブリテンを略奪者の手から取り返した。
円卓の騎士は彼に仕えた騎士たちのことだ。いずれも勇猛で、騎士道を重んじる戦士たちだった。
この本に記されているのは、その中でも名高いとされている六人の逸話である。
太陽に愛されたガウェイン。新たなる時代の若き騎士パーシヴァル。騎士道を取り戻したジェレイント。台所の騎士ガレス。悲恋の騎士トリスタン。
しかし、やはり読んでいてもっとも心が躍るのは、円卓の騎士の中でももっとも強かった最強の騎士ランスロットであろう。
彼の物語を読むと、老人の枯れた心臓が若返り、目には若かりし頃の光が宿った。
湖の騎士ランスロットは、もっとも誉れ高い騎士であり、後に円卓の騎士を崩壊へと導く裏切りの騎士である。
しかし、それは決して彼の求める未来ではなかった。彼は汚名を得ながらも、最後まで精神は高潔な騎士であり続けたのだ。
彼の未来を狂わせたのは、アーサー王の妻グウィネヴィアとの恋である。親友の妻との関係を、彼はずっと苦悩し続けた。
伝説に語られる騎士たちは、誰も彼もが人間臭い。それは、憧れの存在でありながらも、まるで身近にいてくれるような、そんな親近感さえ覚える。
騎士の鑑とされている彼らは、しかし、決して完璧な騎士ではないのだ。何も傷のないのは、後に出てくるガラハッドくらいのものだろう。
ガウェインは騎士にとどめを刺そうとしてその妻を斬ってしまい、ジェレイントは妻のイーニッドにひどい振る舞いをしていた。
しかし、中でも主君の妻との不義の恋をしてしまったランスロットの苦悩は、彼の輝かしい経歴とは対照的に、彼自身の物語に深い陰を落としている。
それがたまらなく愛おしく、まるで息子を見ているかのようなもどかしさを、老人は彼に感じるのであった。
『アーサー王と円卓の騎士』は、マーリンの導きによってアーサー王が生まれ、円卓の騎士パーシヴァルを招くまでの始まりの物語である。
それは、彼らの伝説のもっとも輝かしい全盛期であった。多くの若者が円卓の騎士に憧れたのは、この物語を見ているからだ。
老人としては、アーサー王の物語は悲劇の結末こそが素晴らしいものだと感じていた。しかし、全盛期も全盛期で良いものがある。
それは、騎士たちの胸が躍るような冒険譚だ。彼らは冒険の旅に出て、名を挙げ、騎士としての名声を高めるのだ。
優れた武勇を示す物語もあれば、あまりにも不思議な物語もある。それを読むと、老人の心はいつでも少年に戻り、今すぐにでも旅に出たいと思わせるのだ。
パーシヴァルの加入は、マーリンが予言した彼らにとってのひとつの転機だった。物語はここから新たなステージへと進んでいくのだ。
老人は興奮のままに、次の本を手に取る。彼の中の騎士王物語は、まだまだ終わらない。
アーサー王伝説の始まり
ローマ軍がブリテン島を去って後の、暗黒時代のこと。ヴォ―ティガーンがウェールズの山の奥から下ってきた。
そして謀略を用いることによって古い王家の血に連なるコンスタンティンを手にかけ、ブリテン島の大王の地位をわがものにした。
しかし、コンスタンティンの息子であるアンブロシウスとウーゼルの兄弟が彼を滅ぼし、父の仇を果たす。やがてアンブロシウスが戴冠して大王となった。
ある時、ウーゼルは空に不思議な光を見た。ウーゼルは予言者マーリンを呼び、不思議な光の意味を読むよう求めた。
「兄上のアンブロシウス様がお亡くなりになりました。しかし、あの光には、来たるべき素晴らしい未来のことも予言されております」
ウーゼルは兄のことを深く哀しみながらも、ブリテン大王の戴冠を受けると、ウーゼル・ペンドラゴンの称号を名乗る。
ブリテン島の南部での戦いを終え、ウーゼルはロンドンで復活祭を祝うことにした。各地の領主や貴族たちに命じて、奥方ともどもロンドンに集合させた。
さて、そんな中に、コーンウォール公爵ゴーロワと、奥方のイグレーヌがいた。このイグレーヌの美しさときたら並ぶものがなく、一目見たウーゼルの心はたちまちその虜となってしまった。
晩餐の席、散策のおりなど、イグレーヌがふと目を上げると、必ず、ウーゼルの餓えたような眼差しに出会うのであった。
公爵は命令を下し、イグレーヌや従者一同をまとめて、大王の気づく暇もあらばこそ、そそくさと宮廷を去り、馬の首を故郷へと向けたのであった。
ウーゼルは烈火のごとく怒った。そして、兵を集めて後を追い、コーンウォール公爵に戦いを挑んだのであった。
戦いは幾日も続いた。そんな間も、ウーゼルの心はイグレーヌを慕う感情に苛まれていた。ウーゼル王は、陣に付き添っていたマーリンをそばに呼んだ。
「教えてくれ。どうすれば、イグレーヌのもとに行けるのだ」
「一晩だけ、ゴーロワ公の姿にして差し上げましょう。ただし、対価をいただきとう存じます」
「何なりと言うがよい。いかなるものでもよいぞ」
「今晩イグレーヌ妃のもとに忍んで行かれると、クリスマスに、王様のご子息が生まれます。生まれて一時間のうちに、この子を私に預けてください。偉大な運命を成就できるよう、その子を育てたく存じます」
ウーゼル王は、すべてマーリンを信じると言って、誓いを立てた。しかし、実のところ、王はイグレーヌ妃への盲目の情念によって駆り立てられたのであった。
月が昇ってくるのと時を合わせるようにして、二人の人物がウーゼルの陣を抜け出した。どう眺めても、ひとりはゴーロワ公爵、もうひとりは公爵に仕える騎士にしか見えない。
二人はティンタジェル城の門を難なくくぐり、奥方の居室へと入っていった。下にある庭園の囲いの中で、ムシクイがさえずっている。
奥方の侍女たちは、ウーゼル王を部屋の中に迎え入れた。そしてこの夜、庭園のムシクイがさえずる声が響く中、ブリテン島の未来の大王アーサーが受胎されたのであった。
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