謎めいた一冊の本を巡るミステリ『三月は深き紅の淵を』恩田陸


恩田陸先生の作品? ああ、うん、読んだことあるけど。ああ、読みたいの? うん、いいんじゃないかな。え、おすすめ? そうだなぁ、青春小説なら『夜のピクニック』だけど、ミステリなら『三月は深き紅の淵を』かな。

 

うん、そうそう。『夜のピクニック』は映画になったね。多部未華子が主演の……うん? 『三月は深き紅の淵を』のストーリー? うーん……説明が難しいんだけど、まあ、いいよ。

 

『三月は深き紅の淵を』はね、幻の小説『三月の深き紅の淵を』のお話なんだよ。どういうことかわからないって? あはは、まあ、そうだろうね。

 

わざとわかりにくく言っているから。なんでそんなことをするのかって? だって、自分で読んでほしいからね。この作品は本当に名作だと思うし。

 

いやいや、説明はちゃんとするよ、もちろん。私は嘘はつかない。私が言うことはみんな本当のことさ。わかったかな?

 

さて、じゃあ説明に戻ろう。『三月は深き紅の淵を』は、四章の、一見ほとんど関連性のないストーリーからつくられた四部構成の小説だ。

 

第一章は「黒と茶の幻想」、第二章は「冬の湖」、第三章は「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、そして第四章は「鳩笛」。

 

この本には奇妙なルールがある。それは、人に貸す時は一日だけ、だということ。発行部数も少なく、世に出回っていないから幻の本とされているよ。

 

作者は不明。ん? 恩田陸じゃないかって? あはは、やだなぁ。それは『三月は深き紅の淵を』のことだろう。私は『三月は深き紅の淵を』の話をしているんだよ。

 

第一章は四人の男女が、ひとつの小説の謎について話し合うというもの。第二章は二人で遠くの地へと旅をするもの。どちらも、『三月は深き紅の淵を』についての議論をするお話さ。

 

第三章は少年少女の冒険譚だ。ちょっとファンタジーっぽい。そして第四章は、作者が今まさに『三月は深き紅の淵を』を描こうとしているところ。地の文はあっちこっちに飛び回るし、どこかマトモじゃない感じもある。

 

第一章では、『三月は深き紅の淵を』はない。でも、第二章では、『三月は深き紅の淵を』はある。第三章はもはやそれどころではなくて、第四章は今ちょうど、『三月は深き紅の淵を』を書こうとしているところだ。

 

うん? ああ、いや、私は『三月は深き紅の淵を』についての話はしていないよ。『三月は深き紅の淵を』についての話をしているんだ。

 

で、何の話だったかな。ああ、そうそう、『三月は深き紅の淵を』は四章の、一見ほとんど関連性のないストーリーからつくられた四部構成の小説だ。

 

第一章は「待っている人々」、第二章は「出雲夜想曲」、第三章は「虹と雲と鳥と」、第四章は「回転木馬」。この四つだね。巻頭には、ロアルド・ダールの『チョコレート工場の秘密』が引用されている。

 

ん? 章タイトルがさっきと違うじゃないかって? ああ、そりゃあもちろん、違うだろうさ。そんなの、当然のことだろう?

 

あはは、わけがわからないかい? 仕方がないことさ。でも、嘘は言っていないよ。なにひとつね。読んでみればわかる。

 

さて、まあ、とりあえずはこんなところかな。どうだろう。できるだけネタバレを避けて、かつ、わかりにくく話したつもりだったけれど。

 

ああ、うん。わかりにくかったって? ああ、そりゃあよかった。そうするのが目的だからね。知らないなら知らないまま読んだ方がいいと思うよ。

 

まあ、結局私がネタバレしなくても、どうせネタバレされるから大丈夫だよ。なにせ、この小説の第一章では、『三月は深き紅の淵を』という幻の小説について話し合っているのだからね。

 

ところで、君はこの本、読んでみたいと思うかい? 『三月は深き紅の淵を』。私は読んでみたいね。幻の作品だなんて、読書家として心が踊るじゃないか。ねえ?

 

 

幻の本

 

教えられた家は、坂の上にあった。だらだらした坂は年季の入ったコンクリートで、丸い輪っかがいっぱい型押しされていた。鮫島功一は、無意識のうちにその丸い輪っかの中を選んで足で踏みながら、そのゆるやかな坂を登っていった。

 

ぽつりという感触を髪の毛に感じた。雨だ。先ほどから雲行きが怪しかったが、とうとう降り出したのだ。やれやれ、最高のお膳立てではないか。

 

くそ。せっかくの連休を、なぜこんなところまでやってきて三日も潰さなければならんのだ。この休みは、溜まっていた本を読み、CDを聴き、借りてきた新しいゲームソフトを試すのに取っておいたというのに。

 

功一は雨で濡れてきた眼鏡を指でこすりながら悪態をついた。目的地はこの近くのはずである。この一角に、彼の会社の会長が土地を持っている。

 

それも、べらぼうな広さの土地だ。ただ広いだけではなく、馬鹿高い土地である。しかも、もったいないことに、その土地の家には年に数回しか滞在しない。彼はその家に招待されているのである。一度も会ったことのない、その会長の家に。

 

 

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