あれ、こんなにしょぼかったっけ。地元のお祭りを見た時、思わずそう感じた。子どもの頃には何もかもが大きくて、たくさんで、賑やかだったそのイベントが、今はもう、こんなにも静かになってしまった。
私の故郷は、地方の、ちょうど県境に位置するド田舎である。信号機はなく、高層ビルなんてものもなく、本屋も、電車もない。
けれど、そんなところでも、言い伝えというか、伝承のようなものはあった。子ども心に、それを聞いたときはわくわくしたものだ。
例えば、かつて河童がいたという池。例えば、毎晩絵から抜け出して鶏を食べていたとされる天井の龍。例えば、島をまたぐほどの巨人の足跡。
子どもの頃に聞いたそれらの言い伝えをふと、思い出したのは、小川一水先生の『美森まんじゃしろのサオリさん』という作品を読んだからだ。
都会から遠く離れた山裾にある美森町に引っ越してきた岩室猛志は、地元の住民たちを助ける何でも屋のようなことをしている。
そんな彼のもとに現れるようになったのは、美しい謎の女子大生、サオリさん。大学生というが大学に行っている様子はなく、美森町の伝承にやたらと詳しい。
彼女の目的は、いったい何なのか。美森町に伝えられている神様、美森さまの伝説と、現代の事件が入り乱れていく。
作中の美森町は、過疎が進んでいる小さな場所だ。人が減れば、文化も廃れる。美森さまとそのお使いたちもまた、やがて消えてゆく運命にあったろう。そんな場所は、今時珍しくもない。
私の地元では、合併政策で大きな町に呑み込まれて以降、伝えられていた伝承が姿を消してしまった。今の子どもたちは果たして、かつて私が心を躍らせた伝承の数々を、知っているのだろうか。
私は、人が減っていく故郷を見ていると、どうにも悲しくなる。けれど、私自身もその場所を抜け出しているのだから、もはや言えることなど何もない。
別の場所からの移住者をいつまでも「よそ者」として扱うこと。小さなコミュニティの中で何もかも筒抜けな情報。知らない者がいないからこそ向けられる監視社会のような視線。
故郷にいつまでも横溢しているその息苦しい雰囲気が人を減らしているのだと、どうしてわからないのだろうか、と思う。
今の私の故郷に、若い人はほとんどいない。私の同級生たちも、その多くは都会に出ている。働く場所がないからだ。
最近、葬式が増えた。私の親戚もひとり、亡くなった。コロナ禍だからと身内だけで行われた葬式は、見送っている側も白髪ばかり。
今いる子どもたちもやがて成長すると故郷を離れ、都会に出るのだろう。島に住む残された老人たちは、自分たちの知っている小さな世界の中で、ひっそりと亡くなっていく。
そうしてひとつの村が死んでいくのだ。その有様を、まさに自らの目で見ているような気がした。
私は故郷が嫌いである。しかし、同時に好きでもある。古き文化や伝承を失い、粘着的な人間関係だけを引き継いでいる現在の故郷が、嫌いで仕方なくて、けれど愛おしい。
閉鎖的のまま時代に合わせて変わらないのなら、そのまま取り残されて滅びるだけ。それもまた、彼らの選択なのかもしれない。
昨今、ひとつのニュースを聞いた。分断されていた私の地元に、とうとう一筋の道ができるのだという。孤立していた場所が、初めてつながりを得る。
故郷の人たちから喜びの声はあまり聞かない。仕事が失われた人もいる。その道は、故郷に充満した閉鎖的な死の気配を開く風穴になるのだろうか。
美森さまのお使い
そいつはしばらくの間、人間に見えていた。
場所は茶畑だ。丘の上に長い芋虫が整然と並んでいるような景色。西の刈田山の上だけがオレンジ色で、せわしなく羽ばたく雁の群れが斜めに空を滑っていく。冬のはやい日暮れだ。
そんな時刻に宅配便の背の高いバンを運転していた一村真澄は、茶畑を渡っていく姿を目にした。
人の背丈をしたものがすたすたと進んでいる。すぐに歩き方が変だと気付いた。背筋をまっすぐに伸ばして前へどんどん進むのに、腕は揺らさない。
黒っぽい服を着た人影は、右手の畝の間を迷いなく山の方へ歩いている。刈田山の残照がフロントグラスにぎらついて、よく見えない。顔なじみの住人たちを思い浮かべる。その誰とも違う。
誰だろう? プップッ、とクラクションを鳴らした直後、真澄の首から尻へぞわんと氷が滑った。
その人は何も持っていなかった。というよりも、人ではなかった。二本の手があり二本の足もあるのだが、人間の動きをしていない。ここに誰かがいるはずがない。
それは不意にガクンとのめるように足を止めた。そのままじっと動きを止める。真澄は後悔する。クラクションなんか鳴らすんじゃなかった。
みもりまんじゃしろのお使いだ。三十年前の講話がどうしてか頭に浮かぶ。死人を帰してくれるふしみさん。人をおどかす子分たち。
茶畑のそいつが振り向き始めている。真澄のジーパンの中で太腿にざわざわと鳥肌が立つ。バンが坂を登りきって人影の背後を通り過ぎる。見てはいけないと思いながら、真澄はサイドウィンドウへ顔を向けた。
青い真ん丸な目と真澄の目が合った。
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