信号もない、穏やかな田舎町。都会の人からしてみれば、のどかな風景だと思うだろう。しかし、その影には得体の知れない何かが潜む。
私が息子と共にこの村に引っ越してきたのは、一か月前のことだ。そこはまるで時間の流れの異なる別世界のようにすら思えた。
私は生まれついての東京の人間だが、昔から田舎暮らしに憧れていた。忙しなく動き、人に対して無関心な都会は、私の精神を摩耗させた。
精神病にかかり、仕事を辞めることになった時には、喪失感に襲われた半面、どこかほっとしたものだ。
もう必死で人の顔色を窺いながら働くのは疲れた。田舎で心を休めよう。そう決めて、私はようやく念願の田舎での暮らしを始めることができた。
「こんにちは」
すれ違う人たちの挨拶に、どこか気恥ずかしさを覚える。東京ではすれ違う人に挨拶なんてすることはない。
「あんた、見ない顔だねぇ。引っ越してきたの?」
「あ、そうなんです。つい先日」
驚いたのは、そんな初対面の挨拶をしてすぐに、村の人たち全員に私たちの名前が知れ渡っていたことだった。
おじさんや、おばさんが、いろんな野菜や果物を家まで持ってきてくれた。お金を求めもせず、おすそわけと、笑顔で。
「村に住むってのは『家族』みたいなもんだから」
その言葉に、思わず目頭が熱くなった。そうか、私はもう、この人たちの家族の一員なんだ。
職場のすさんだ人間関係に疲れ切っていた私は、もはや人間に対して不信感しか抱けないほどの精神状態であった。まるで心の中に大きな穴が開いてしまったように。
その穴が、彼らからの言葉で、優しさで埋まっていく。これが家族。その温かみは、私が知らないものだった。
小さな村で、信号はない。道路も舗装されていないし、喫茶店も、ファミレスも、コンビニも、何もない。
電車やバスなんて通っていないし、息子は学校まで通うのに歩いていかないと行けなかった。
少し遠くまで行かないとゲームや本が買えない現状は、最初、息子にとって不満だったらしい。
けれど、そんな息子の表情にも次第に笑顔が増えてきた。学校で仲の良い友達ができたそうだ。毎日、楽しそうに学校での出来事を話してくれる。
東京での学校では、大人しく内向的な息子は、同級生にいじめられていた。私は何度も先生に訴えたけれど、その加害者は議員の息子で、先生は聞いてくれなかった。
思い切って引っ越して良かった。息子の笑顔を見るたびにそう思う。東京では、彼のそんな笑顔をしばらく見ていなかったから。
ここから、私たちの新しい人生が始まるんだ。時間に追われない、穏やかな日々が。私の胸に、新たな希望が湧いてくるのを感じていた。
村の掟
最初は、ほんの少しの違和感だった。
視線を感じる。そう思うようになったのは最近のことだった。外を歩いている時、誰もいなくても、どこかから見られているような奇妙な視線を感じていた。
それは温かい視線ではない。そして、ストーカー的な暗い欲望を感じさせるものでもなかった。どこまでも無機質で、まるで見張られているような、そんな視線だった。
「どうかしたん? そんな暗い顔してさ」
「あ、いえ、なんでもないんです」
野菜をよく差し入れてくれる近所の老人の心配そうな声に、軽く笑って返事をする。きっと気のせいだろう。こんなので余計な心配をかけるわけにはいかない。
「おや、そうかい」
けれど、その瞬間、ぞっと寒気がした。温かみのある彼の視線が、一瞬、ぞっとするような冷たさを湛えた無機質なものに変貌したからだ。
けれど、それは一瞬のことで、すぐに彼の視線はいつも通りのものに戻っていた。やっぱり調子悪いんか。心配げな彼に、いいえと返して、内心で首を傾げる。
私は疲れているのかもしれない。だから、こんなありもしない被害妄想を感じてしまうんだろうな。結局はそう思って、深く考えないようにした。
「僕、選ばれたんだって」
「選ばれたって、何に?」
「わからない」
息子がそう言ってくる。なんでも、クラスメイトたちから、選ばれたんだってね、おめでとう、と言われたらしい。
何のことかさっぱりわからず、聞いてみても、「言えないことになってる」と言われて教えてもらえなかったのだとか。
二人で話しても、これといった心当たりはなく、二人して首を傾げた。私の内心でかすかな不安が渦巻く。けれど、その正体はわからなかった。
それから三日後。目が覚めると、息子の姿がなかった。え、と思って、探すも、どこにも見つからない。慌てて外へ出る。
「やあ、おめでとう」
おじさんが笑顔で開口一番そう言った。私はそんな彼の胸元にすがりつく。彼は、おお、どうした、と慌てたようだった。
「あの、息子を、見ませんでしたか!」
私の剣幕に彼は驚いたようだったけれど、戸惑ったように教えてくれた。
「ああ、あの子なら、ほら、選ばれたからな。あそこにいるよ」
そう言って、彼が指差したのは、村の外れにある神社だった。長い石段を上った先にある、古い鳥居が木々の隙間に見える。
私はありがとうございますと言って、神社に駆けだす。あ、おい、と背後でおじさんの声が聞こえた。
石段を上り、辿り着くと、鳥居から本殿へと続く石畳の道に沿って、村の老人たちがずらりと並んでいた。
一斉に向けられる彼らの視線に、思わずぞっとする。ずっと感じていた、無機質で、冷たい視線だった。
そして、本殿に倒れているものを目にして、私は愕然とした。目から涙が零れ落ちる。
「あ、あ、あああ……」
選ばれた。私の息子は選ばれたのだ。泣き崩れる私を冷たく見据える村の長老たちの視線が、人間ではない、何か得体の知れないものであるかのように見えた。
田舎での穏やか生活に紛れ込む違和感
画家である父の都合で雛見沢に引っ越してきて三週間になる。コンビニもファミレスもないけれど、ここでの生活は悪くないものだ。
新幹線や電車やらを乗り継ぎ数時間、そこからさらに車で山道を登る。そんな辺鄙な場所に、ここ、雛見沢はある。
親戚の葬儀で二日間、都会に行っていたが、田舎に帰りたくて仕方がなかった。
俺はこの雛見沢の生活が気に入っているみたいだ。その理由ってのが、竜宮レナや園崎魅音をはじめとする友だちがいるから。
親しそうにしていても、まだ知り合って一か月も経っていない。転校生の俺が溶け込めるよう、気を遣ってくれているのがよくわかる。
俺も早く溶け込む努力をしなきゃいけない。少し馴れ馴れしいくらいがきっとこの場にはふさわしいと思った。
この雛見沢は本当に小さな村だ。クラスはひとつきり、学年も制服も全員バラバラ。都会じゃとてもありえない合同教室だ。
雛見沢のこんな日常、全然悪くない。これと同じ光景が続くのなら、俺はどんな努力も厭わないだろう。
しかし、そんな楽しい日常の影に潜む、雛見沢の過去にあった凄惨な事件とは何か。それは、俺の身にも迫ろうとしていた。
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